第三十九話 急上昇

 昼休みが終わるギリギリに教室に戻ることで、とりあえず騒ぎにはならずに済んだ――というか先生方の働きかけで、事態は落ち着いてはきたようだ。


 午後からは一般科目が始まったが、レベルの影響で知力が上がったことで頭に入りやすくなっていた。知らないことが分かるようになるということではないので、ちゃんと授業は聞かなくてはならない。


 そして放課後。俺は伊賀野先生に学園内で待っているように言われ、図書室に来ていた。


「みんな部活見学か……七宮さんはどこか入るの?」

「ううん、特に考えてない。勧誘はされたけど」

「そうか、それなら放課後にダンジョンに入ったりもできるかな。そういう部活とかあるのかな?」

「あるみたい。ダンジョン散策部、ダンジョン研究部、ダンジョンご飯部」

「ダンジョン内で食事をするのか……魔物を食べるってことだと、なかなかハードルは高いな」


 ――そんなもの食べられるわけないでしょ! 馬鹿にしてるの!?


 ――まあまあ、食ってみると結構ウマいぜ。おっさんの手料理なのは残念だけどな。


 ――わ、私はお水だけでも大丈夫ですので……。


 前世の記憶がたまに過ぎるが、女性メンバーは魔物食が苦手だった。食糧が長く持たないような環境のダンジョンもあるので、どうしても必要になる場合もあったのだが。


「……藤原くんと一緒なら、どんな部活でも入りたい」

「っ……そ、そっか。それならちょっと考えてみようかな」


 どんな部活があるかの資料を見てみるが、どれも面白そうではある――やはり『荷物持ち』として惹かれるのは、登山や野外活動系ではあるが。あまり体力を求められる場合は七宮さんには負担になる。


『――生徒会よりお知らせです。1年D組の藤原くんと七宮さん、生徒会室まで来てください』


「……私も一緒でいいの?」

「きのう一緒だったから、いいんじゃないかな……というか、俺たちが一緒にいるのが先生から伝わってるのかな?」

「そうかもしれない」


 七宮さんに一人で寮まで帰ってもらうのは気がかりだったので、一緒に行動できるのは有り難い。


 生徒会室は一年、二年、三年の校舎にそれぞれあるが、俺たちが呼ばれたのは一年校舎の生徒会室だった。図書室から玄関ホールに出て、そこから向かう。


「1年D組の藤原と七宮です」

「どうぞ、入ってください」


 中から聞こえてきたのは、覚えのある声――ついさっき、昼に聞いたばかりだ。


「失礼します」


 部屋の中には丸いテーブルが置かれていて、伊賀野先生、一年生の女子、そしてもう二人大人の男女が座っていた。壮年の男性のほうは学園長だが、もう一人の女性は見たことがない。


「今は三年生……会長たちが実習に出ているため、代理でご挨拶させていただきます。私は2年A組の御厨陽香、本学園の副生徒会長です」


 さっき会った人は、副会長の妹さんの方だったと思うが――彼女も同席しているが、なぜか顔が徐々に赤くなってきている。


「私は三ツ谷みつや輝久てるひさ、学園長です。入学式で挨拶させてもらったのを覚えているかな」

「は、はい……」

「そしてこちらは本学園の理事長で、全日本探索者連盟会長の……」

「父のことは今はいいでしょう。私は学園の経営に携わる者として、今後有望な……いえ、この学園の未来を左右するだろう生徒さんに、挨拶がしたくて参りました。理事長の本庄ほんじょう鞘子さやこと申します」

「初めまして、藤原司と申します。今年から学園でお世話になっています」


 学園長と理事長が名刺を渡してくる――七宮さんも受け取るが、学園長、そして理事長の両方と面識があるようだった。


「一度貴女にも挨拶しておきたかったのだけど。のびのびになってしまってごめんなさいね」

「いえ……大丈夫です。こちらから行かないといけなかったので」


 七宮さんと理事長はどんな関係なのだろう――理事長は若く見えるが三十代の半ばという感じで、七宮さんを見る目には、なんというか優しいものがある。


「わ……私は生徒会書記の御厨双葉です。一年生の代表として同席させていただきます」


 さっき会ったばかりなのに、なぜか雰囲気が違って見えるような――ちょっと考えると混乱してくるが、とりあえずこの感じだと、今が初対面というていらしい。


 俺たちは席を勧められて着席する。


「さて……藤原さん、あなたの活躍を撮影した動画が、昨日二つの経路で公開されて、大きな反響を得ていますね」

「それなんですが、俺が自分で投稿したわけではなくて……」

「随伴用自動人形……ドールの撮影した動画とは聞いていますが、もともとドールというものは探索者の活躍を記録するというのも、製造意図に含まれているものなのです」

「そう……なんですか。できれば、投稿をした人と話したいんですが」

「我が学園には『研究所』のある区画があります。ドールの開発が行われている場所でもありますが、基本的には生徒の出入りできる場所ではありません」


 伊賀野先生は問い合わせをすると言ってくれたが、理事長は難しいと言う――どちらの意向が優先されるかといえば、後者なのだろう。


「それでも俺は、どういう意図があったのかを聞かないといけないんです」

「……おそらくまだ聞いていないと思うが、実際に君の動画を投稿したのは、学園中等部の生徒だ。学園の特別奨励制度を利用していてね、ある理由で面会はごく一部に限られている。しかし藤原くんには当然当人に会う権利がある。だから、もう少しだけ待っていただきたい」


 俺と一緒に行動したサイファー、そのデータを見て何を思ったのか。聞きたいことが沢山ある――だが制度上すぐに会うことが難しいなら待つしかない。


「分かりました、連絡をお待ちしてます」

「ありがとうございます。あなたなら、誰にでも会いたいと思えば会えてしまう……それほどの力があるように思っていますので」

「そんなことは……無理矢理に自分の希望を通そうとは思いません。その人に会えないと言われたら、方法を考えたとは思いますが」


 俺の話に耳を傾けてくれているなら、今はそれでいい。何も伝えられず、他人に流されていくようなことは避けなければならない。


「では……本題に入ってもよろしいですか? 先生方」

「ああ、私から話そう。Sチャンネルにアップされた昨日の動画だが、朝六時の時点で公開は停止されている……それまでにほぼ全ての生徒が閲覧した。私が把握したのは深夜の段階だったが、そのときには既に世界有数の探索者がSNSで緊急配信を行い、外部サイトにも投稿された君の動画について言及していた」

「っ……そ、そんなことになってたんですか……」

「外部サイトの動画はすぐに非公開になったため、手違いがあったのかもしれないが、日本のどこかの探索者学校の生徒だというのは大きな話題になり、全国の探索者学校に海外からも問い合わせがあった。もちろん国内からも殺到し、回線がパンク状態になった。今日も昼過ぎまでは対応にあたって、ようやく小康状態になった……いや、君は何も気にしなくていい。とても多くの人に評価を受けた、それは純粋に素晴らしいことだ」


 俺が体力テストをしている間もそんな状態だったとは――対応に当たってくれた人たちに申し訳なくなり、その場で頭を下げる。


「通常の基準で君の動画の内容を評価するのなら、未知の魔物を二体も倒していること、そして人命の救助を行ったことで、一年生の中でも最高評を与えるのが当然だ。しかし、もはや君の能力は一年生の範囲にとどまらず、今の段階から学園有数の……いや、唯一無二の存在になっていると言っていい」


 威厳のある壮年の男性が、俺のことをずっと興奮した面持ちで捲し立てている――それも褒めちぎるくらいの勢いなのだから、恐縮する以外にはない。


「三大名家の一つである日向家の子息があのようなことになったのは、学園にとっても手痛い損失だ。彼を救ってくれた君の英雄的行動は、普遍的に賛美されるものだと私は考える。しかし二年、三年の生徒は幾つもの功績を重ねてランキングを上げているため、それも考慮しなければならない」

「はい、それは全然……俺は評価されたかったわけじゃなくて、やるべきことをやっただけだと思ってます」


 ランキングが最底辺のままよりは、少しでも上げた方がいい。七宮さんとパーティを組んでも誰にも何も言われないために――そんな思いはあった。


 一年生の中で真ん中くらい、できれば七宮さんと近い順位までは上がりたい。それくらいの希望はあるが、たった一度の評価でそうなるとも思っていない。


 それを実際、ここで言葉にするべきか。そう考えたところで俺はようやく気づいた。


「……本当に驚くほど謙虚な生徒だ。探索者候補生の鑑だ……いや、学園の至宝だ」

「えっ……い、いや、それは言い過ぎじゃないですか。俺はただの……」

「ただの『荷物持ち』ではない。ランクE職業の生徒に対しての評価は、総合的に見て低くなってしまうのが慣例ですが……私たち、そして学生探索者連盟はあなたに対して例外を適用することを決定しました」

「藤原くん、生徒カードを見てください。つい先ほど、ランキングが反映されたはずです」


 副生徒会長と妹さん、学園長と理事長。そして七宮さんが俺を見ている。


 今日の朝からあったことを考えれば『その可能性』は否定できなかった。


 それでも俺は、まだどこか他人事のように考えていた。


 自分がしたことにそれほどの価値はなく、他の冒険者をサポートすることに喜びを感じる――そんな前世であり、現世もそれほど変わりはしなかったから。


「……藤原くん」


 けれど、全てはあの時に変わっていた。


 あの白日夢が終わった時から、俺の人生は違う方向に進み始めていた――それはきっと、自分の夢を叶えられる方向に。



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