第三十八話 公園にて・下

「良かったら食べますか? 四色なんで、どれがどれだかは分からないですけど」

「……今の話の流れで私にパンをくれるなんて、そういうことと受け取りますよ? 男の子ってそういうことしか考えていないんですね」


 なぜか上から目線になり、胸に手を当てて「どやっ」としてくる彼女。何というか、誤解を恐れずに言うなら親しみの持てる性格なのかもしれない。


「今のはちょっと言ってみたかっただけです。四色のうちにはずれはありますか?」

「クリーム、チョコ、ジャム、白餡ですよ。よく見たら袋に書いてありました」

「白あんも食べられますが、普通の餡のほうが好きですね……あっ、クリームでした。やはり日頃の行いがものを言うようですね」


 自分でパンを割って取ってもらうと、彼女にとっての当たりが出たようだった。普通に二色分持っていかれたが、何も言わずにおく――お腹が空くのは辛いことだ。


「んっ……ああ、このシンプルな庶民の味、くせになりそうです……」

「庶民ってことは、もしかして貴族だったりします?」

「貴族という制度はないですが、私の家は裕福とは言えます。はむっ……んむっ……チョコレートも当たっちゃいましたね、完全勝利です」

「いや、ジャムも美味いですよ。まあ、昼にはできれば塩気のあるものが食べたいですけどね」

「はい、それはもう……でもですね、誰かにもらう食べ物はこんなに甘く感じるのだという学びを得られたので、私は満足して……んんっ、み、みるっ……」

「はいはい、コーヒー牛乳しかないですけど」


 喉につかえてしまったようなので飲み物も提供する。これでは俺も午後から腹が減ってしまうだろうが、まあそれは仕方がない。


「んっ……ふぅ……食べ物を貰っただけでなく、命まで救われてしまうなんて……さすがですね、藤原くん」

「はは……無事で何よりです」


 彼女は優秀な探索者候補生のはずだが、こうして見ていると結構隙が多いようだ――と、まだ名前を聞いてすらいない。


「これからこの学園を引っ張っていく人を、一目見ておきたかったのですが。どうやら強いだけの人ではないみたいですね」

「そう言ってもらえると嬉しいですが、学園を引っ張るっていうのは……」

「そういう期待をしてしまう、ということです。でもですね、あなたがあなたらしく探索者を目指すだけで、十分素晴らしいことではないかとも思います。ジレンマですね」

「あ、ありがとうございます。あの……っ」


 名前を聞こうとする前に、彼女は席を立って歩いていく。


 そして一度振り返ると――悪戯な微笑みを浮かべて、彼女は言った。


「どんな結果になっても、私はきっとあなたと競うことになる。これからが楽しみです」


 そうやって、かなり格好をつけて歩いていく彼女だが――とても大切なことを伝えてあげることができなかった。


(スカートがめくれてるんだけど……)


   ◆◇◆


「っ……お姉さまっ、またそんな格好を……っ!」


 公園を後にする女子生徒に駆け寄ってきたのは、一年生の女子――二人とも容姿がよく似ているが、『姉』と呼ばれたほうは少し背が高く、大人びている。


「あなたのふりをしても気付かなかったわよ。腹ペコキャラだと思われているから、そこはごめんなさいね」

「はらっ……も、もう、一年生の制服まで用意して、そんなこと……っ」

「去年まで着ていたものだから、サイズは大丈夫だったわね。胸が少し苦しいけれど」

「……お姉さま、もしかしてこの格好のままで彼と話していたんですか?」


 『妹』の方が顔を赤くしてぷるぷると震えている。『姉』もようやく気づいた――自分のスカートがめくれていることに。


「……あなた、少しおてんばだと思われているかもね」

「お、お転婆っていう問題じゃないですよ……っ、どうしてくれるんですか、彼の中で私が『腹ペコパンツの人』になってたりしたら……っ!」

「見せてしまって恥ずかしいのは私の方だから……ふぅ、名乗らずにおいてミステリアスに終われたと思ったのに、ミステイクだったようね」

「もぉぉぉーーー!! これだから『黙ってれば優等生に見える』って言われるんですっ!」


 そう――一年生の妹と入れ替わり、司と話していた彼女こそ、学園の副生徒会長を務める人物だった。


 御厨みくりや陽香はるか。妹の双葉ふたばとともに、名家である御厨家の出身で、学園におけるトップエリートの一人である。


「なりきりを深めるためにプリントものにしていたら、今ごろ即死だったわね」

「そんなのもう穿いてませんっ! ……たまにしか」

「それはそれとして、放課後に彼を出迎えるときの打ち合わせをしておくわよ」

「本当に今日そんなことになるんですか? いえ、私もあの動画はそれだけの評価がつくと思いますが……」

「彼がに置かれるかが争点で、私たちのところに来るのはまず間違いないでしょうね。そうでないと面白くないもの」

「……私も興味はありますけど。あぁ……でも……姉様の馬鹿……」


 落ち込んでいる妹を宥めつつ、陽香は一度振り返って、司のいる公園を見る。


「この責任は取ってもらうわよ、藤原司くん」

「自業自得なんですけど……」



 彼女たちもまだ知らない。これから数時間後、職員会と学生探索者連盟が、藤原司という生徒についてどんな評価を与えるのかを。

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