第三十七話 公園にて・上

   ◆◇◆


 昼までの測定を全て終えて、長めの昼休みに入る。


『――藤原君、お昼休み中すみません……あれ?』

『教室にいないということは学食か……彼のような人材を逃すわけには……っ』

『待ちなさい、特定の生徒を学園内で追いかけ回すのは禁止です!』

『やばっ、せ、先生、これは違うんです! あぁっ、藤原くん、どこにいるんですかーっ!』


 教室に帰ろうとしたらそんな騒ぎが起きていたので、俺はそのままフェードアウトした――何人かの刺客(?)から逃れつつ辿り着いたのは、グラウンド外れの公園のような場所だった。


 噴水を見られるベンチがあったので、座って一息つく。今日一日が目まぐるしかったので、時間がゆっくり流れる感覚は有り難かった。


 顔がバレているので七宮さんから借りたままのサーチ眼鏡をかけ、なんとか購買に潜り込んでパンを買ってきた――何が入っているのか不明だが『四色パン』らしい。


(七宮さんはどうしてるかな……あ、スマホに連絡が入ってる)


 クラスの女子は、今日の昼はみんな一緒に行動しているそうだった。


 追いかけ回されることがなくなるまでは、こうして一人で行動するしかない――そう考えてパンの袋を開けようとしたとき。


「――先客とは奇遇ですね」


 誰もいなかったはずだった。しかしまたたきの間に、その人物はベンチの隣に座っていた。


「……いつから、とお思いですか? お察しの通りスキルを使いました」


 今まで俺を追ってきた生徒とは明らかにまとっている空気が違う。その女子生徒は俺と同級生らしく、長い髪が微風に揺れている。


「……失礼な物言いですみません。奇遇っていうのは違うんじゃないですか?」

「ふふっ……そうですね。あなたに会いに来たというのが本当のところですし。藤原司さん、私のことに覚えはありますか?」

「覚え……あっ……」


 入学式の時に、壇上に立っている姿を見た――彼女は、生徒会の役員だ。


 一年生から役員ということは、入学前から期待されていたということなのか。おそらく学年ランキングも最上位に位置しているだろう。


(そういえば、副生徒会長はこの人によく似てたな……姉妹ってことか?)


「ふふ、覚えていてもらえたようですね。そうです、生徒会の書記です」

「生徒会の人がどうして……あっ、あのことかな。伊賀野先生が、生徒会にも俺のことで協力を頼んでくれると言ってましたが……」

「はい、それにも関係はあります。放課後に例の動画の評価について先生方が会議を行いますが、その結果をお知らせするために、あなたを生徒会室に呼ぶことになっています」

「そうなんですか。じゃあ、今は……」

「私が自主的に、事前にあなたに会ってみたくなっただけです。さっきの持久走の時も同じグラウンドですれ違いましたよ? 私はA組なので、あなたが走るところは見られていませんが」


 確かにクラスの男子が騒いでいたような気はする――こんな人がいたら、確かに注目してしまうだろうと納得させられる。


「……でも、見たかったですね。あなたのスキルの凄まじさは動画で見られましたが、身体能力では簡単に負ける気はありませんから」

「俺自身は、Sチャンネルがメンテナンスに入っちゃって見られてないんですが……」

「そうなんですか? とても素敵な動画でしたが、本人の許可なくアップするのは問題ですね。あなたのことを皆に知って欲しかった、ということなんでしょうか」

「どうなんですかね……俺もそのあたりはまだ分かってなくて。あ、すみません、昼食の時間にも限りがあるので、食べてもいいですか」

「っ……やはり大胆ですね、入学して三日でランキングを壊してしまうような方は。私も簡単に食べられるわけには行かないのですが……」

「え……な、何の話ですか?」


 バリッ、とパンの袋を開けると、顔を赤らめて自分の胸を庇うようにしていた彼女は、「あっ」と小さく言って、ゆっくりと警戒態勢を解いた。


「……今のは忘れてください。食べるというのを性的な意味に捉えたなんて、そんなことがあってたまるものですか?」

「い、いえ、聞かれてもですね……ん?」


 ぐぎゅぅぅぅぅ、という音がどこからか聞こえた――まさか、目の前の見目麗しい女子生徒のお腹が鳴ったとか、そんなことがあっていいのだろうか。


「……知っていますか? 性欲と食欲は相関しているという説があります」

「お腹が空いてるんですね……もしかしてここに来るために、まだ食事をしていないとかですか」

「どうして話をらせてくれないんですか? 初めてですよ、こんなふうに私に恥をかかせてくれた人は」


 こんな菓子パンを食べそうには見えないのだが、昼休みが長いとはいえ、お腹が空いたまま移動させるのは酷に思える。


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