第三十六話 レベル筋

 男女合わせて総勢五百名ほどともなると、一つの体育館では収容しきれないので、三つある体育館と二つあるグラウンドをフルに使うことになる。


 俺たちは第二体育館にやってきた――体育館に併設された更衣室でもすでに他クラスの生徒から注目されている。


「君が例の……ほう、やはりいい筋肉をしているな。好きな筋トレは何かな?」

「いや、別に鍛えたりはしてないよ」


 E組の眼鏡をかけた男子生徒に話しかけられる――こんな話題の振られ方をしたのはもちろん初めてだ。


「ということは『レベルきん』か。経験を積んで筋力が上がると、それに応じて肉体も変化するからな。君のレベルは10以上と見た。ちなみに僕はレベル5だ」

「レベル5……それって高い方ってことでいいのかな?」

「入学時のレベルは3から5、これは15歳における標準値と言えるね。25歳くらいまでは成長期で自然に上がったりもするが、基本的には訓練、そして経験が必要だ。探索者学校では卒業時のレベルは10が目安だと言われているね」


 ということは、一年でおよそ2レベル上がるくらいのペースということになる。半年で1上がるかどうかなのだから、普通に探索しているだけでは容易にレベルは上がらないだろう。


 ――おっさんは凡人だからレベル50止まりだけど、俺らのレベル限界は100だから。


 ――職業に応じて決まってるのよ。『荷物持ち』が100になっても仕方ないって神様も言っているわけ。


 ――そんなことないです、神様は皆さんに平等ですので、ベックさんも上級職になれるはずです。


(レベル100が当たり前だったあいつらは、やっぱり途方もない存在だったのか……いや、あの世界とこの世界のレベルは同じとは限らないか?)


 『大聖女』のソフィアが言っていた上級職というのは『荷物持ち』には存在していなかった。俺には見つけられなかっただけかもしれないが。


「うちのクラス委員が例のあの人にレベルの説明とかしてる……い、いいのか……?」

「今さらチュートリアルなんて、すでにプロ級の人にやるとか度胸ありすぎんだろ……!」

「あの人の名前、藤原さんって言うらしいぞ……!」

「『荷物持ち』の藤原さん……字面は普通なのに凄みがあるな……!」

「ありがとう、参考になったよ」

「う、うむ……藤原くん、ところで君のレベルは……」

「えーと……ま、まあそのうち分かるんじゃないかな」


 昨日ダンジョンに入る前はレベル3で、それは標準値より著しく低いということでもなかったようだ。


 しかし現在のレベルは18で、今の話を聞いたらとてもじゃないが公表しづらくなった。日向のレベルは15だと聞いたが、そこまで上げれば学生の中では全能感というか、そういうものを感じても無理はないのかもしれない――俺にはまだまだ修行の途上に感じられる数字だが。


   ◆◇◆


 『固定』と『圧縮』は体力テストで威力を発揮するスキルではないので、特に騒ぎは起こりそうにはないし、普通の結果を出していれば俺も埋没していけるかと思ったのだが――。


「は、はええ……あんな反復横跳びアリ?」

「速すぎて分身してるようにしか見えねえ……忍者かよ……!」

「拙者忍者部に入部するつもりでござるが、その拙者より明らかに速いでござる……!」

「それでいて全くスピードが落ちない……なんて体力だ……!」


 俺の『敏捷』の値は108であり、その数値は学年の平均よりかなり高いようで、普通の反復横跳びがみんなには残像が見えているくらいのスピードらしい。


 さらに『荷物持ち』がレベル15で覚えるスキル『健脚』は、長距離の移動でも疲労が蓄積しにくくなり、高いパフォーマンスを長く発揮できるようになる。反復横跳びの計測時間である数十秒間全力を維持するというのも、正直に言って余裕綽々だ。


「うぉぉ、藤原くんの握った握力計がカンストしたぞ!!」

「背筋力計も300キロオーバー……背中に鬼の顔が浮かんで……!」

「垂直跳び1メートル50センチって、それはもう人一人分飛んでるんよ……!」


 ひとつ計測するたびにどよめきが起こる――まるでギャラリーの前でホールを回るゴルファーにでもなった気分だ。


(背中に鬼は浮かんでないと思うけどな……『レベル筋』だとマッチョになるとまではいかないから)


 『筋力』『敏捷性』が100を超えていると、体力テストにおいては計測不能になる――これがレベル18の恩恵なのだから、昨日のうちに強敵を倒せたことが本当に大きかった。


「んん……っ」

「七宮さん、身体柔らかすぎ……」

「柔軟だと怪我をしにくいから、みんなも柔らかくするために新体操部はどう?」

「おおっ、七宮さんってやっぱり……」

「先生ー、男子がこっち見てまーす」

「あら、いけない子たちね……集中しないと怪我をするわよ?」


 発言に色気しかないあの先生は誰だろう――女子の体育を受け持っている先生だろうか。


 そして伏臥上体そらしをしている七宮さんは、確かにとても落ち着いてはいられないほどに――と、俺も見ていてはいけない。


「うちの学園の先生って、美人が多いよな」

「伊賀野先生もメガネ外したら美人だしな」

「メガネを外せだと!? ふざけたこと言ってんじゃ……!」


 眼鏡の話でいうと、樫野先輩も寮では眼鏡だと言っていた。かけている時はどんな感じなのだろうか。


「ふ、藤原さん、水、どうぞッ……!」

「な、なんも入れてません! 俺ら本当反省してて、今日も震えっぱなしっす!」

「藤原様のように筋肉が話しかけてくる領域まで、僕らも辿り着けますか?」


 一応鹿山、猪里、長倉の順だが、程度の差はあれどだいぶ壊れてしまっている。どうも体力テストの結果がダメ押しになってしまったらしい。


「筋肉というか、経験レベルは嘘をつかないな」

「め、名言だ……『経験は嘘をつかない』……!」

「藤原くんってほんとに凄いんだ……スキルがあれだけ凄いのに、運動神経も凄いとか凄すぎない……?」

「『凄い』がゲシュタルト崩壊しそう……これはもう『しゅごい』ね……」

「何言ってんのよ、藤原様の凄さはもう言葉なんかじゃ表現できないわよ」


 だんだん『様』と呼ぶ人の比率も増えているような――加減して体力テストの結果を抑えておくべきだっただろうか。しかしこうなると、最後まで変わらないスタンスでやりきるしかない。


「次の測定はグラウンドに出て持久走です。クラスで一緒に移動するので集合してください」


 ジャージ姿の伊賀野先生が俺たちを引率してくれる。『持久走』も『健脚』が生きる種目だ――『荷物持ち』は体力テストに強いということが、現世で学園に通ってみて良くわかった。

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