第三十四話 ヒーロー

 チャイムが鳴り、外が静かになったあと、俺たちは教室に向かった。


「――はぅぁっ……!?」


 みんな教室内に入っているはずなのだが――1年D組に入る前に、少し離れた物陰から声がした。


「あっ……ちょ、ちょっと待ってくださいね。ここは私に任せてください」

「は、はい……」


 物陰に隠れているのは、制服で判別するとどうやら女子らしい。伊賀野先生は何やら驚いているようだったが――その次は神妙な様子になり、そしてその女子をそのままどこかに行かせると、一人だけで戻ってきた。


「……はい」

「はいじゃないが……じゃなくて、その、一体何が……?」

「……?」


 七宮さんもよくわからない、と首を傾げている。伊賀野先生はしばらく何か考えている様子だったが、ぽん、と手を打つ。


「彼……かの……彼女……そうですね、彼女のことについては、学園からしっかりとフォローをしていくので……ダンジョンでの行為にペナルティはありますが、三だ……い、いえ、お家のことがあるからといって、何もなしとはいきませんからね」

「彼女……? うちのクラスの生徒みたいなのに、教室には行けないんですか?」

「……あ……」

「七宮さん? ……うわっ」


 七宮さんの視線の先には、こちらに見つからないように離れていく女子の後ろ姿が見えた――途中で何もないところで転んでいて、よくよく見るとパンツが足首までずり落ちている。


(……下着のサイズが合わないとか、そんなことあるか? というか、あの髪色……ちょっと色が薄いけど、金髪といえば……)


「伊賀野先生、そういえば昨日日向の……」

「ひゅっ……ひゅ、日向君はいませんよ? い、いえ、学園内には来ていますけど、まだ教室には来られないということで……う、嘘じゃないですよ、はい……っ」

「そ、そうですか……」


 日向の名前を出した途端に先生が慌て始める――エナジードレインの影響が俺と同じように消えていたなら、そんなに動揺することもないはずだ。ということは、その逆だということになってしまうだろうか。


「日向はその……無事なんですよね? 病院で治療を受けて」

「ぶ、無事……無事という言葉の定義にもよりますが……元気、とも言えませんし。まだ、いろいろと時間が必要という状況ですね……」

「……藤原くんが凄く心配してるから、復帰したら教えてほしい」

「あぁっ……そ、それはですね、うぅぅっ……」

「だ、大丈夫ですか? 何かの発作ですか?」

「いえ、苦しいのは身体ではなくて、私の……その、良心というかですね……こ、この話はまた後ほどということで。教室に入りましょう」


 あの女子のことが気になるが、ダンジョンでペナルティを受けたと言っていたので、昨日の実習で何かあったのだろうか。これ以上は今聞くことは出来なそうだ。


 教室に入った途端、クラスの視線が一気に集まる――やはり昨日とは全然視線の意味合いが違っている。


「あう……あうあうあ……」

「気絶するな長倉、藤原さんに失礼だろうがっ」

「一日で遠いとこまで行っちまったな……うちのクラスの『英雄ヒーロー』……」


 三馬鹿トリオ――と雑に扱ってしまうが、今後も同じクラスだと彼らは大丈夫なんだろうかと心配になる。それくらい恐れられてしまっているようだ。


 俺も席に着くが、七宮さんとは教室の隅同士で席が遠いので、若干寂しさが――と、そんな我が儘なことを考えてはいけない。

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