第三十三話 熱狂の渦

「……なんだか、ざわざわしてる」

「確かに……今さらなんだけど、裏口ってどこにあるのかな」

「あっ、来た……」


 校門にできていた人だかり――俺には関係ないだろう、というのはこの時点で通用しなくなってしまった。


「や、やっぱり動画の一年生だ……!」

「すげえええ! マジ本物だ! うちの学園におにバズ主がいる!」

「あ、あのっ……あの動画見ました! 1年生ダンジョンで、召喚魔法を使った人ですよね!」


 二十人くらいの生徒がいるが、真っ先に走ってきたのは三人だった。それぞれ一年、二年、三年で、三年の女子がすごい勢いで質問してくる。


「えっ……い、いや、俺はただの『荷物持ち』で……」

「い、いえいえいえっ、あの魔物に使ってたあれは、ネットだと『隕石召喚』って言われてますけど……!」

「俺が見たのは重力魔法って言われてました! マジかっけーっす!」

「いやいやいや、本当に凄いのはその後のビームでしょ! 映画みたいな迫力でシュビビビッて!」

「い、いや、あれはビームというか……」

「新聞部です、ちょっとお話し聞かせてください! あんな怪物に立ち向かえた理由は……ちょっと割り込まないで、まずこっちの取材が先……っ」

「放送部です、今日のお昼はお時間空いてますか!? 学園に颯爽と現れたヒーローにぜひお話をっ……」

「風紀委員会に興味はありませんか? あなたのような人がいてくれたら学園はより良く……っ、ああっ、ちょっと、こっちを向いてっ……!」


 多人数に同時に話しかけられて、まったく頭に入ってこないが――ここはとにかく七宮さんを守るべく、俺の後ろに隠れてもらう。


「七宮さん、とりあえずここは切り抜けるよ」

「う、うん……いつでも走れる」


 いつもクールな七宮さんも、さすがにこの状況はすぐには飲み込めないようだった。俺も同じなので無理もない。


「こらっ、校門の前で騒ぎはっ……通しなさいっ……」


 警備員の人でも容易に接近できないような状況では、自分でどうにかするしかない――対人ではあまりスキルを使いたくなかったが、今は使うしかない状況だ。


《スキル『固定』を発動 対象物の空間座標が固定されます》


(少しの間止めるだけだ……っ、人が密集しすぎて危険だから、ばらけさせながら道を作る……!)


「んぁっ……!?」

「ほぉっ……!?」

「にぇっ……!?」


 触れなくても止められるのは幸いだった――止まる瞬間に変な声が出てしまうようだが、それは出そうとした言葉が中断されるからだろう。


「――このスキルはすぐに切れるので、舌を噛まないよう気をつけてください! このままだと遅刻するので……七宮さん、行こう!」

「うんっ……!」


 七宮さんの手を取って、迫ってくる人を『固定』しながら進んでいく――数十秒だけ止まるようにと意識しているが、この混乱で上手くいっているかは祈るしかない。


「こ、これだ……あの動画に出てたのは時間停止のスキルだったんだ、やっぱり……!」

「違うわよ、当たると遅くなる何かよ! 凄くスローモーションなだけで本当は動いてるんだから!」

「みんな大外れだよ、これは『スタン』スキルの一種だ!」

「……ぜんぶ外れてる……と思う……っ」


 七宮さんが息を切らせつつ言う――俺も彼女の意見に同意だが、『固定』の原理は自分でも良くわかっていないので、他の人にもわかるわけがない。


「頼もーっ、期待の新入生にお手合わせを願いたい! ……ぬぁっ!?」

「対戦お願いします、フェンシング部の有賀です……やぁんっ!?」


《スキル『固定』を発動 対象物の空間座標が固定されます》


 部活の勧誘か、力試しか――そういう人も現れ始めた。探索者養成学校ということで、そういう血の気の多い人も多いようだ。


 魔力:108/135


 最大魔力がかなり増えているとはいえ、この頻度で連発させられると厳しい――『魔力回復小』のオーブがあるので、魔力切れの心配は無いが。


「忍者部、切原きりはらあかね! いざ尋常に勝負……へぁぁっ!?」

「科学部です、あなたのビームをぜひ私たちのところで分析……あーっ!!」


 挑んでくる相手もカオスになってきたが、ただ突破するだけなら『固定』だけで何も問題ない――ただ七宮さんの体力が限界だ。


「……朝から走ったから……くらくらする……」

「七宮さんっ……分かった、俺の背中に……っ」

「っ……う、うん……あっ、凄い……私が走るより速い……」


 昨日ステータスが上がったので、七宮さんを背負ってもスピードを落とさずに走れる。


 とにかく人が居ない場所を探す――玄関ホールも人が多かったので体育館の裏手まで回ってきたが、このままでは教室に着けない。


「――こっちです、二人とも!」


 呼んでくれたのは伊賀野先生――なぜここにいるのかは分からないが、彼女は俺たちを誘導し、体育館裏の倉庫に俺たちを匿ってくれた。


「はぁっ、はぁっ……」

「……大変だった」

「ご、ごめん……七宮さんの言う通りだった……」

「ううん、私もここまでと思ってなかったから……」

「私も騒ぎになるのは予想していましたが……藤原くん、本当に凄いことになってしまいましたね……」


 伊賀野先生も俺の動画のことは知っているようだ。Sチャンネルについては先生にも情報が入ってくるのだろう。


「ひとまず生徒の混乱をおさめるには、私たち教員も働きかけますが、生徒会の協力が必要ですね」

「生徒会……その、俺のことでお手数をかけるのは悪いというか……」

「いえ、もう藤原くんは私達の学園において重要な存在になっていますから、学園生活を不自由なく送ってもらえるようにするのは当然です」

「あ、あの。先生、昨日同行させてもらったドールが撮影した動画なんですが、先生たちにはどう見られてるんでしょう」

「今日の放課後に、そのことで会議が行われます。藤原くんたちはどうしますか? 生徒の皆さんがパニックを起こしているので、一時的に安全なところにいてもらうこともできますが」

「配慮していただいてありがとうございます、先生。その、サイファーのデータを管理してる人って、会ったりはできますか?」

「すぐに会えるかはわかりませんが、問い合わせはできますよ。直接やりとりをしたいということなら、それも打診してみます」


 伊賀野先生が協力してくれることで、何とか今日という日は切り抜けられそうだが――あれほどの熱狂を目にしてしまうと、まだ鼓動が早まったまま鎮まらない。


「藤原くん、本当に有名になっちゃった……」

「ははは……こういう状況だと、素直に喜んでいいのかどうか」

「チャイムが鳴れば外には出られると思いますので……藤原くん、私は本当に何もかもを見誤っていて、恥ずかしい限りです。その……すごい動画でしたし……」


 伊賀野先生も見たのか――そして俺を見る目が、昨日からさらに変わってしまっている。


 これが『バズ』というものなのかと、その威力を痛感する。秋月さんが忠告してくれていた通り、世界が一変してしまう感覚が実際に訪れてしまった。


「……これからどうなるんだろう」


 落ち着かなければと思いつつ、思わずぼやいてしまう。伊賀野先生はそんな俺を見てあたふたしていて、七宮さんには――よしよし、と頭を撫でられてしまった。

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