第三十二話 発覚

 朝食を摂ったあと、天城先輩と樫野先輩は揃って先に登校していった。


 彼女たちは2-A組ということなので、日向が言っていた通り二年次はランキングが上の生徒からクラスに割り振られるということだと、彼女たちのランキングも高いということになる。


「うちの寮生はみんなランキング上位なんだけどね。阿古耶ちゃんと瑛理沙ちゃんは二年生の『七席』にいるくらいだし」

「七席……上位七人ってことですか? めちゃくちゃ凄い人たちなんですね」

「……硯さんは……」

「あ、ちょっと待って。何か電話かかってきたから。長引きそうなら先に出ちゃっていいからね」


 秋月さんはリビングの窓際に行って電話を受ける。


 七宮さんが何を言いかけたのか気になるが――それについて聞こうとしたところで。


「……えっ、どういうこと? バズってる? ドールのカメラ動画……そのドールは一体誰の……それって本当なの? うん、うん……Sチャンネルのアカウントは本人のものじゃなくて、代理投稿されたってことね。それって姫乃のところの……」


 何か物々しい雰囲気だが――七宮さんも気になるようで、靴を履くのをいったんやめて秋月さんの様子をうかがう。


「……彼女はドール操縦者として認められていて、権限も生徒と同じっていうことね。でもその動画の内容ってそんなに……えっ、外部にも出ちゃったの? 三百万再生……それって影響力のある人が拡散したってことよね。本人に確認……って……」


 秋月さんがこちらを見る。彼女は電話を切ると、俺の目の前までやってきて――そして、肩に手を置いてきた。


「おめでとう、って言っていいのかは分からないけど……凄いことが起きたみたいね」

「えっ……ちょっと待ってください、よく意味が……」


 秋月さんはさらに迫ってくる――エプロンを押し上げている胸が当たるくらいの距離まで。


「いい? 気をしっかり持つのよ。あなたを取り巻く環境は、昨日と今日では大きく変わっている……と思うんだけど、実際学園がどんな状況かまではわからない。でもね、確実にあなたのことを知っている人は爆発的に増えている。三千人近い生徒の全員が知っていてもおかしくないわ」

「……昨日のことが広まってる?」

「昨日のこと……あれについては『対処した』って言ったはずだけどな」


 ピエロがどうなったか分からないし、確実に倒せたかもわからないので『対処した』と言った。


「……対処というか、討伐してるのよね? その、ほぼあなた一人で」

「い、いや、確実に倒せたかどうかは……」

「私も全部把握できてるわけじゃないけど、あなたらしい生徒の活躍を投稿した動画が、きのう外部の動画投稿サイトとSチャンネルに投稿されたのね。外部のものはすぐ非公開になったんだけど、Sチャンネルのものは自動評価が入って、それが理由で今Sチャンネルが開けなくなってるの。審議中っていうことね」

「ま、待ってください。俺は動画投稿はしてないですよ。成績評価に入ると聞いたので、やった方がいいのかなとは思ってたくらいの段階です」


 秋月さんも動揺しているようだが、俺も困惑している。


 動画なんて撮影してるはあの場にはいなかったし、そんな余裕も――。


 そう考えたところで、昨日のダンジョン内でのある場面が蘇る。あの時俺は、サイファーにダンジョン内でも問題なく進めるのかと聞いた。


『ワタシハ『浮遊』トクセイガアリマス。問題なしノープロデス』


 その後に、サイファーのステータスが書かれたカードを見せてもらった。あの時は他の項目に目を惹かれてしまったが、特性の項目に『浮遊』以外の記載があったはずだ。


(……確か……光学迷彩と、レコード。記録レコード……?)


「昨日のダンジョン実習、司くんってドールを連れていったんじゃない?」

「……あのサイファーは全方位型の高性能カメラを搭載してる。何も設定しなくても、ダンジョン内での場面を自動的に撮影するはず」


 七宮さんが言う通りなら、俺はサイファーのカメラが動いているところを見ていながら、それを『撮影している』と捉えていなかっただけになる――普通に視界を確保しているだけだと思っていた。


「サイファーが……いや、サイファーのデータを管理してる人が投稿したってことですか?」

「そうなるわね。Sチャンネルに投稿された動画があなたのドールが撮影したものなら、あなたの動画内の功績は他の動画と同じように評価されるわ。今聞いた話だと、魔物に襲われた生徒を救助もしてるってことで、これはもう勲章が授与されるようなことなのよね……どうして昨日は何も話してくれなかったの?」

「い、いえ、ダンジョンに入ったっていう話はしたじゃないですか」

「むぅ……硯お姉さんはね、司くんの活躍を電話で聞かされるとかじゃなくて、本人から聞きたかったの。わかる? この切なさ。もう秘密主義の司くんのことなんて知りません。いっぱい騒がれて有名人になって困っちゃいなさい」

「ええっ……」


 理不尽な感じで怒られ、秋月さんに送り出されて外に出る。


「……どうする? 裏口から学園に入る?」

「えーと……ま、まあ大丈夫じゃないかな。昨日の今日だし、そんなに広まってないと思うよ」

「……硯さんが、藤原くんは有名人になるって」

「はは……有名人って、俺には全く縁がない話だよ」


 確かに初めてのダンジョンであんな事態に遭遇する人はそういないだろうが、有名人というのは話が飛びすぎている。


 そして俺は七宮さんの助言通りに裏口から行くことは選ばず、裏山を降りたあとは学園の北門を通って一年校舎に向かうことにしたが――すでに門の前に人だかりができていて、それが何を待っているものなのかも考えないまま、普通に歩いていってしまうのだった。


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