SIDE2・3 拡散
「……酷い……」
お兄さんが白さんたちを見つけて、日向という人が話すことを聞きながら、私は胸が悪くなりそうでした。
白さんのことを私は全部は知らないですが、優秀な職業を持つ人同士は同じコミュニティに所属する必要があるとか、結婚についても推奨されるとか、そういう話があったりします。
名家同士での
そして日向さんは、評価点を取ることを考えすぎてしまっていました。
白さんの気持ちを考えずに行動していた日向さんは、白さんからは拒絶されて――あの仮面をつけた魔物の攻撃を受けてしまいました。
『藤原くん、戦わないで! 逃げてっ……!!』
悲鳴みたいな声でした。私も白さんと気持ちは同じでした。
あんなに強い化け物がここに出るのはおかしいです。おかしいことに、立ち向かったって仕方ない――戦うなんて無理、そう思ったのに。
『サイファー、絶対に生き残るぞ……!』
『――了解シマシタ』
返事をしたのは私じゃなく、AIのほうでした。
私より、私が育てたAIのほうが勇敢でした。でもそれで、目が覚めたんだと思います。
激しい戦闘のあと、お兄さんが最後に攻撃されてしまうその前に――私は白さんと一緒に、仮面の魔物に向かって攻撃することができました。
無我夢中でした。看護師さんが部屋の中にいて心配そうに見ていることにも、全部が終わるまで私は気付きませんでした。
◆◇◆
カメラに映っていたものを、私は看護師の
この人は私にとってお姉ちゃんみたいな人で、私の悪巧み――というと聞こえは悪いですけど――に付き合ってくれる、悪友みたいな人でもあります。
「……どうですか、凄くないですか?」
「……ちょっと漏らしそうになっちゃいましたよ。なんですこれ、映画? ホラー映画の怪人みたいなの出てきましたし、最後とか、ヒロインがヒーローに人工呼吸とか……」
「はわっ……そ、それは仕方ないです、本当に危険だったので、白さんも必死だったんですから。えと、漏れちゃったんですか?」
「ううん、気持ち的な問題です。濡れちゃいそう……って
「……真面目に見てくれてますか?」
「大真面目ですよ、そこは心配ナッシングです。でもこれ、最後ちょっと気になったのが、どうして
それは私も気になっていました。該当の場面までもう一度戻して、どんな言い方だったのかを確かめます。
『先生、あの魔物については俺たちが対処しました』
お兄さんは、瀬能さんが言う『怪人』を確かにやっつけていました。紫色のバルンが使った攻撃を圧縮したものを使って、怪人に大きなダメージを与えられていたんです。
そのあと、怪人は消えてしまった。お兄さんもそれは見ていたはずなのに、『対処』なんて言い方をしたので、先生は魔物が逃げていったんだというように思っていました。
「……『荷物持ち』だから、倒したって言っても信用されないと思ったとか、そういうことなんですかねえ」
「っ……そんなの……っ」
「……佐那ちゃん?」
そんなのは駄目、って思いました。思った瞬間に脈拍が早まって、一瞬警告音が鳴っちゃうくらいでした。
お兄さんがしたことは『対処』なんて言葉では正しく伝わりません。日向さんが倒せなかった魔物を『どうにかした』という曖昧なだけで終わったら――そう思うだけで、やるせない気持ちでいっぱいになりました。
「彼はサイファー……佐那ちゃんが撮影したこの動画のことを知らないんですよね。入学したばかりだと、動画が功績を証明するために使われるってことも知らないのでは?」
「それは……そう、かもしれないです」
「Sチャンネルはアップロードから二時間以内には自動審査してくれますし、それで藤くんの評価は確定すると思いますよ。何もしないでいたら、『ボスモンスター級を討伐した』じゃなくて『魔物を追い払った』という評価になってしまうんじゃないかと思います」
お兄さんに迷惑をかけるのは駄目。
でも、どうしてもお兄さんのしたことを皆に知ってほしい。お兄さんは『対処』でいいと思っているから、それを変えて欲しいなんて言えない――勝手にしたら嫌われてしまうかもしれない、それでも。
司さんのしたことが評価されないでいるのは、どうしても嫌。
そんなのは全部、私の我が儘で。痛い
「やっちゃいます? 編集は前のドール搭載カメラ動画よりちょっと盛る感じで。Sチャンネルも結構演出入ってる動画多いですよね、実際に起きたことを加工しちゃってアウトになる子もいますけど、私はそんなヘマはしないですよ」
「……瀬能さんが私の友達で、本当に良かったです」
「えっ、友達ですか? 私は佐那ちゃんのこと親友だと思ってるんですけどねえ。へっへっへっ……さーて、腕が鳴りますわね。レッドの警告が鳴っちゃったぶん、ここからは安静にお願いしますよ」
瀬能さんはベッドサイドのテーブルにノートパソコンを置いて、私にも見えるようにしながら編集を始めてくれる。あくまで趣味の範囲ですね、なんて謙遜しているけど、彼女は趣味のひとつひとつに手を抜かない。
「……この救命シーンは、プライバシー保護しないと駄目ですよね」
「っ……そ、それはそうです、ふたりにも申し訳ないですし」
「佐那ちゃん、顔真っ赤になってますよ。やっぱり恋しちゃうと変わるんですね、まだ小学生なのにませちゃって」
「ああっ……からかわないでください、心拍数上がっちゃうじゃないですかー」
「Sチャンでも大丈夫な範囲の動画タイトルってこんなですかね。ほんとはもっと盛りたいですけどね」
「瀬能さん、どれくらいでできそうですか?」
「これくらいの編集なら、二時間でいけますねー。研究所のPCはスペックもりもりですからねえ、もうサクサクですよ」
この時の私は、まだよく分かっていませんでした。
お兄さんが凄いということは分かっていても、まだその凄さがどれくらいなのか、見誤っていたんです。
私はその日のうちにSチャンネルに動画を投稿しようとして、一つミスをしてしまいました。
以前からドール搭載カメラの動画を投稿していて、十万人の登録者さんがいる自分のアカウントに、お兄さんの動画を間違えて一時間だけ公開してしまったんです。
『初級学園ダンジョンに超級モンスター出現! 一年生ルーキーによる単独討伐!』
一見してなんてことのない、埋もれてしまいそうなその動画は。
私のフォロワーさんによる拡散から始まって、国内・海外の大手探索者さんに見つかり。
朝になるまでには、七桁の再生数に達して――私はまだ仮眠している瀬能さんを、慌ててナースコールで起こすことになるのでした。
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