SIDE2・2 深化

 サイファーのカメラは――私の視線は、つかさお兄さんの一挙手一投足から離せなくなっていました。


「えっ、ちょっ、えええ……ふぇぇ~っ!」


 大きな岩を自分の手の中にギュッと縮めるところは、思わず声が出てました。音声入力しないように意識すれば喋ってもいいんですけど、誰かにこの興奮を伝えたくて仕方なくて、でも誰もいないので一人でバタバタしていました。


『……こういうこともあるかと思ってたが、そういうことか……』


 もうお兄さんが何を言ってもカッコいいって思っている自分がいました。こういうセリフっていつもは思わせぶりだなあって思うんですけど、「どういうことなの!? 気になる!!」ってなっちゃうんです。


 私はお兄さんのファンになっちゃったんです、たった二つのスキルを見ただけで。


『サイファー、向こうが見えるか? ……サイファー?』

『ハ、ハイ。アレハ『召喚ノ罠』デスネ』


 お兄さんをもっとサポートするためにっていうことにして、私はサイファーの操作をセミオートに切り替えていました。


『――判別不能ノ攻撃ヲ検知』


「(っ……!?)」


 それは私じゃなくて、サイファーが自動的に出したメッセージでした。


 ドールには『自身を守らなければならない』っていう原則があって、オート操作だと他の人の盾になったりはできないんです。


 それなのに、私は自分でサイファーを操作して、お兄さんを突き飛ばしてしまいました。ものすごい衝撃があって、カメラが揺れて――警告音アラートがいっぱい鳴って、サイファーの右腕が折れてしまって。


『……マスター……撤退ヲ……スクロール……』


 それもサイファーの自動音声でした。私は声が出なくて、身体ががくがく震えて、そこから逃げずにいるだけしかできません。


 もう、ギリギリセーフじゃありませんでした。脈拍がアウトな数になってしまって、部屋の中のナース呼び出し音も鳴ってます。


「……逃げて……っ、お兄さん……っ!」


 カメラには、お兄さんが攻撃された方向に向いて、私を――サイファーを守ろうとしてくれているのが映っていました。


 お兄さんが死んじゃう、って思ったとき、私は意識が遠のくのが分かりました。


 もし元気になれたら探索者になりたいなって思っていました。ドールから見るダンジョンは、私にとってはゲームと同じで、とても楽しかったから。


 でも、やっぱりゲームなんかじゃありませんでした。私は甘いことを考えてたんだって、今までドールに同行してくれた人たちも命がけだったんだって、そんなことに今さら気づいたんです。


 こんなことが起きたら、もうドールのテストはさせてもらえないかもしれない。


 それはお兄さんのことがもう見られないということだと思うと、本当に辛くて――でも。


 涙でかすんだゴーグル型ディスプレイに、今までよりもっとすごいものが映っていました。


 紫色のスライム――バルンの見えなかった攻撃が、見えるようになっていて。


 お兄さんはそれをまた、ぎゅっと圧縮して、小さなコインみたいなものに変えてしまったんです。


「……凄い……この人、本当に凄い」


 名前を覚えておく必要なんてないって思っていました。そんな自分が、本当に恥ずかしくて仕方なかったです。


 サイファーのスピーカーは接続が悪くなっていて、自動修復中でした。それでも私は、どうしても自分で言いたくて、声を出していました。


『……マスター……アリガトウ、ゴザイマス……』


 スピーカーから出る声は、すごく途切れてかすれていました。でも幸いそこまで損傷は酷くなくて、すぐに動くことができました。


 腕は折れちゃったけど、お兄さんの力になれたのかもしれないと思うと、また涙が出そうになりました。


 もうテストなんかじゃなくて、私はお兄さんの仲間として、ダンジョンに入っている気持ちでした。

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