第二十七話 車中
実習のあとは自由行動で、帰宅してもいいし部活などに参加してもいいことになっている――いちおう教室に顔を出してみると、伊賀野先生の姿があった。
「伊賀野先生、実習が終わりました。日向のことは……」
「は、はい、聞いてます。日向君が重傷と……それに、藤原君のことについても連条先生から報告を受けました」
「日向が魔物と戦うときに、俺たちも近くにいたんです。それで……」
「魔物に対処してくれたそうですね。本当にありがとうございます……本当に……」
伊賀野先生は憔悴しきっている――彼女の日向に対する態度を考えたら、期待していた生徒が負傷したことでショックを受けるのは分かる。
(日向が受けた攻撃はエナジードレインだ……俺のようにレベルが戻っていればいいが、そうでなければ……)
「……ランクEの職業だからと、私はあなたのことを枠にはめて見てしまっていました。藤原くんには、仲間を助けられる勇気があるのに……ごめんなさい、私は教師失格ですね」
「そんなこと言わないでください、先生。まだこれからじゃないですか」
「……藤原くん」
「今日は予測していないことがありましたが、ダンジョンはそういうものだと思います。それを乗り越えてこそ、探索者として鍛えられると思いますし」
まるで経験者みたいなことを言ってしまっている――どちらかというと『ベック』の視点で話してしまっているが、先生を励ますことができているだろうか。
伊賀野先生は眼鏡を外して涙を拭くと、もう一度かけ直す。どうやら少し落ち着いたようだ。
「……藤原くんの学園ランキングは、今回のことですごく上がるでしょう。私の現役のときよりも上になるかも……そうなったら、私はあなたに教えられることが……」
「そんなことないです、教わりたいことが沢山あります。俺のランキングもどうなるか分からないですし」
「……そう言ってくれるのなら。藤原くん、専門授業で私の授業を受けるときは、じっくり時間を取らせてくださいね」
「あ、ありがとうございます……」
「七宮さんも、怪我などなくて良かったです。藤原くんとは、同じ寮だったんですね……先生、ゆうべ名簿を見ていてびっくりしました」
「……はい。今からも一緒に帰ります」
七宮さんは律儀に返事をする――なぜか伊賀野先生の方が顔が赤くなっている。
「男女で同じ寮というのは、本当は特例なんですけど……きっと、何か事情があるんですね」
確かにずっと気になっていることだが、秋月さんからそのうち詳しく聞けるだろうか。
「先生は後で日向君のお見舞いに行くんですが、その前に藤原くんたちを寮まで送っていきますね。坂道は大変だと思いますし」
先生が協力的になってくれたのはとても助かる。状況が好転するばかりで、微妙に不安になってくるほどだ――それはさすがに考えすぎか。
伊賀野先生に車を出してもらって、七宮さんは助手席に乗るかと思ったのだが、彼女は俺と一緒に後部座席に乗り込んだ。
「それでは静波荘までゆっくりしていてくださいね」
「はい、お願いします」
セダンタイプの車が走り出す。登りの道に入っても特に苦労している感じはしない――サスペンションがいいのか揺れも少なく、だんだん眠くなってくる。
「……っ、ごめん」
寝落ちしかけて七宮さんのほうに傾いてしまう――するとそのまま引き寄せられて、頭が膝の上に乗せられる。
「(な、七宮さん……っ)」
運転中の先生は気づいていない――七宮さんを見上げると、すごく嬉しそうな顔をしている。恥ずかしいのか、真っ赤にはなっているが。
「(そのまま寝ちゃってもいい)」
「(そ、それは……)」
頭を支える弾力――華奢なのに、柔らかい太ももがしっかり受け止めてくれている。
「(……重かったら、すぐに……)」
「(重くない。ちょうどいいくらい)」
「自然が豊かですよね、この裏山は……あっ、今たぬきが通りましたよ」
「そ、そうなんですか……それは凄いですね……」
伊賀野先生に答えないわけにもいかないが、七宮さんは解放してくれる気配がない――これはもしかしなくても、さっきのダンジョンでのことを経て、心境の変化があったということか。
(そういえば……意識が戻るときに、七宮さんが何かしてくれてたような……)
「……?」
思わず唇に視線が行きかけてしまう。まさか人工呼吸をしてくれていたとか、そんなことは――あったとしたら、一体どうなってしまうのか。
「そろそろ見えてきましたよ。秋月さんが寮監をされているんですよね、彼女は私の後輩なんですよ。成績とかは全然差があって、彼女の方が……」
伊賀野先生が興味深い話をしてくれている――しかし七宮さんが頭を撫でてくれているので起きられない。
(カオスすぎる……でも気持ちいいカオスだ……)
やがて車は速度を緩めて止まる――伊賀野先生が気づく前に、ぎりぎりのところで七宮さんは俺を放してくれる。
そして今のことは内緒というように、彼女は人差し指を立てる。七宮さんが楽しそうで何よりなのだが、ちょっと俺に甘くしすぎなのではないだろうか。
「では、私は学園に戻りますね。また何かあったら呼んでください、これは私の電話番号です」
先生が『電話ひとつで呼び出せる女』になってしまった――というのはもちろん冗談だが、まだ他の生徒が帰ってきていないのなら、七宮さんと二人きりでこの寮にいるのもどうなのだろう。
「……いったん自分の部屋に戻るから、後でまた集合でいい?」
「え……集合って?」
「リビングでゆっくりする」
ただでさえ七宮さんの攻勢(?)が激しいのに、まだ一緒にいたいというのはもう、そういうことなのでは――と、勘違いしてはいけない。
自室に戻り、一旦頭を切り替える。今日のところは引き上げてきたが、ダンジョンで起きたことについては気になっていることが幾つもある――ひとつは、あんな異常な魔物が出てくるような罠が複数存在していたこと。そして離脱が働かなかったこと。ピエロがどこに消えたのかなどだ。
(……あの場に残って調べられることはもう無かった。連条先生も何も知らなそうだったし……伊賀野先生に、話が聞けそうな人を紹介してもらえるかな)
サイファーが言っていた
パーティの補助メンバーとしてではなく、自分が主導して目的を追う。探索者として俺はどこまで行けるのか――そう考えるだけで、熱のような疼きを感じていた。
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