第二十六話 一時の別れ


「う、うわっ、来た……っ」

「ご、ごめんごめん、もう何もしない、何も言わねえっ……」

「に、荷物持ち様……じゃない、藤原様っ、ご勘弁をっ……」

「変な呼び方はしなくていいから、普通にしてくれると助かるな」


 普通に話しかけているつもりなのだが、三人とも座り込んだままじりじりと後退りしている――腰が抜けてしまっているのだろうか。


「まあ今後も喧嘩を売ってくるようなら、その時は買うつもりだけど」

「「「ひぃぃっ……!!」」」


 ずっと笑っていた長倉はついに気絶してしまった。俺は鹿山と猪里の肩に手を置き、それでこの場は良しとしようと思ったのだが――周囲のクラスメイトからの視線に気づいてハッとする。


(まずい……ちょっと引かせちゃったか)


「……大丈夫だと思う。みんな、凄いと思ってるだけ」

「そ、そうかな?」

「ハイ、私モナナミヤ様ト同ジ意見デス」


 俺としてはこの二人――ひとりと一体と言うべきか。七宮さんとサイファーがいてくれるなら、他の人から距離を置かれても気にはならない。


「あ、あの……っ」


 そう割り切ろうとしたのだが、七宮さんの班の泣いている子ではないほうの人が、後ろから声をかけてくる。


「……助けてくれてありがとう。私、気を失ってほとんど覚えてないけど……藤原くんが助けようとしてくれたのは、覚えてるから」

「あ、ああ……俺も必死だっただけだよ」

「ううん、藤原くんがいなかったらこうしてられなかったと思うから……ごめんなさい、ばかにしちゃってて……」


 日向の親衛隊というような感じだった二人――泣いている冴島さんと、今話している芹沢さん。


 この二人が七宮さんを班に誘ったのは、おそらく日向の意向もあってだろう。何か忠告くらいはすべきかと思うが、ここまで態度が変わってしまうとそれも必要はなさそうだ。


「困った時はお互い様、っていうことで……連条先生、今日はもう解散ですか?」

「あ、ああ。私は生徒が全員出てくるのを待つが、もう出てきた者は順次解散になるな」

「ありがとうございます。七宮さん、行こうか」

「うん」


 七宮さんはまた俺のことを支えようとしてくれるが、クラスメイトの前ということもあって自重してくれたようだ――しかしこの建物から出た瞬間に捕まりそうだ。


「……なんか、器が違うっていうか……凄すぎね?」

「職業のランクって、絶対じゃないんだな……『荷物持ち』やべえよ」

「同級生なのに、全然経験値が違うっていうか……藤原くんの落ち着いた感じ、安心するよね……」

「や、やめときなよ、七宮さんにはかなわないって」

「七宮さんって藤原のこと……あのおっぱいを自由にできるのか……う、羨ましい……」


 話が普通に聞こえてくるが――さすがに評価が裏返りすぎじゃないだろうか。やましい方向に考えが向いている男子には自重してもらいたい。


「……藤原くんが褒められてて、よかった」

「ま、まあそれは……くっ、七宮さん、俺はもう大丈夫だから……っ」

「だめ」


 予想通りに七宮さんが寄り添ってくる――さっき生死の境をさまよったというのに、こんなことをしていていいんだろうか。しかしいい匂いがして、頭が回らなくなってくる。


「マスター、私ハソロソロ帰還シナクテハナリマセン」

「っ……そ、そうか。腕を修理してもらわないとな……今日は本当にありがとう」


 いったん七宮さんに離れてもらって、俺はその場に片膝を突き、サイファーと目線の高さを合わせる。


「またサイファーと一緒に探索がしたいな」

「……私モデス。デハ、ソノヨウニ報告イタシマス」

「……この子、照れてるみたいに見える」

「シロ様ハ一言余計デス。フフッ……ソレデハ、マタデス」


 サイファーが立ち去る前に笑った――ように見えた。電子音声で笑ったような声を出すことはできるのだろうが、それにしても驚きだ。


(さっきナナミヤ様じゃなくて、シロ様って……サイファーの七宮さんに対する距離感って、なんというか不思議だな)


「……あの子のメンテナンス、私もできるかもしれない」

「そうか、魔工師だから……ああそうだ、七宮さん、サーチ眼鏡を置いておいてくれてありがとう。おかげで迷わなかったよ」

「うん……藤原くんなら気づいてくれると思って。来てくれると思ってたから、怖くなかった」

「そ、そっか……それは良かった」


 気の利いたことなんて何も言えないが――七宮さんは無事で、こうして笑ってくれている。今はそれでいい。


「……藤原くんが気になるなら、普通に歩いた方がいい?」


 そして自分から遠慮して、七宮さんは俺を支えるのは控えてくれたが――そうされると逆に寂しくなるという葛藤に、数分ほど悩むことになるのだった。

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