第二十四話 邂逅

   ◆◇◆


 ――この感覚には覚えがある。


 『ベック』だった俺が死んだ時に、俺は現世と神界の間――中二階と言われていた場所に招かれた。


 今は『藤原司』として、その場所に行こうとしているのだろうか。


『まったく……要望に応えて言ってあげますよ。バカじゃないですか? いいえ、バカですね。確定的に明らかです』


 そう言われても俺は答えられない。


 声は聞こえるが、声の主には近づかない――それどころか、遠のいていく。


『あなたが転生者だと自覚してから、ひとつでも違う行動をしていたらどうなっていたことか……いえ、運命はもう少し柔軟なものですが。それでも危なっかしくて仕方ないですね』


 それは――そうかもしれない。与えられたスキルが無ければ、もっと早々に詰む局面があった。リンを捕獲できずにやられていた可能性さえある。大岩を『圧縮』していなければ、パープルバルンと戦わなければ、魔力回復オーブを持ち込まなければ。あの死神のようなピエロに一矢報いることはできなかった。


『刺し違えてでも……っていうのはあまり感心できません。自己犠牲じゃないって言ったって、周りはそう受け取らないんです』


 反論ができないのをいいことに、声の主――おそらく俺を転生させた女神だろう――は、好きなことを言い続ける。


 だが、俺はこんなときに、彼女に怒られてもおかしくないことを考えていた。


『……本当に見ていてくれたのかって? そんなことで嘘をついてどうするんですか。私は見ていることしかできませんし、助けたりはしていませんけど』


 神による地上への干渉――『ベック』の世界では実際に起こりうることだと言われていたが、この現世では原則として不可能なようだ。


『まあ……もう時間切れなので、いちおう正直な感想は言っておきますけど。言えるときも限られていますしね』


 ずっと怒っているようだった女神の態度が変わり、その姿が見える。前に見たときと同じ姿のまま――白いエルフがとても不満そうな顔で、裏腹なことを言う。


『今のところ、期待どおりではありますね。あまり女の子にうつつを抜かしちゃだめですよ……と言っても無理ですよね。それはもう、そちらの世界でいうところの青春ですから』


 神なのに似つかわしくないことを言う――と、言い返すこともできずに。


 女神の気配がさらに遠のく。戻っていく――今、俺の魂があるべきところへと。


   ◆◇◆


 身体が揺れている。そして、柔らかいものが口に触れる――それを何度か繰り返されるうちに、ドクン、と心臓が跳ねる。


「っ……がはっ……」

「藤原くんっ……良かった、生きてる……息してる……」


 朦朧とした視界。誰かが俺を覗き込んでいる――俺がいるのは、洞窟の中。地面に仰向けに寝かされている。


「……あいつ……あの、ピエロは……」

「藤原くんにもう一度何かしようとしたから……私と、あの子で……」

「同時二、攻撃ヲ仕掛ケマシタ。デスガ、マスター自身ニヨル攻撃デ、敵ノ機能ハ止マッテイマシタ」


 七宮さんとサイファーが、ピエロの攻撃を妨害してくれた――顔を右に向けると、ピエロが膝を突き、天を仰ぐようにして止まっているのが見える。


「……倒せたのか……良かった。七宮さん、無事……」

「っ……!」


 全て言い終える前に、七宮さんが覆いかぶさってくる。顔に物凄く柔らかいものが押し付けられている――そんなことより、泣かせてしまった。


「……心臓、止まってて……もう駄目かと思った……本当に良かった……っ」

「ごめん、心配かけて……俺が生きてられるのは、七宮さんのおかげだ」

「そんなの……私の方が……私が、藤原くんがいたから……っ」


 血流が滞って麻痺していた身体に、少しずつ感覚が戻ってくる。先に動くようになった右手だけで、俺は七宮さんの肩に触れる。


 華奢な肩が小さく震えている。確かに感じる熱が、今は安堵に変わる。


「マスター、回復薬ヲ使用シマス」


 薬草から抽出したカプセルタイプの薬を飲ませてもらう――前世のポーションは苦酸っぱいものもあったりして大変だったが、カプセルなら飲み込みやすい。


 嚥下すると、じわじわと身体が熱くなる――生命力が回復しているのが分かる。


「サイファー……俺の生徒カードを、確認させてくれ……」

「カシコマリマシタ」


 生命力などがどれくらい残っているのかを確認するだけのつもりが――生徒カードの表示は目を疑うようなものだった。


 レベル:18

 生命力:30/180 魔力:27/135

 筋力:106(D)

 精神:68(E)

 知力:63(E)

 敏捷:108(D)

 幸運:52(E)


 スキル:重量挙げ2 健脚 縄術 !


 俺もエナジードレインで力を吸われたはず――それを取り戻した以上にレベルが上がっている。筋力と敏捷の上がり幅が大きいのは『重量挙げ』が成長したこと、『健脚』を得たことによる副次的効果だろう。


 ピエロを倒したことで多くの経験を得られたということなのか。それほどの強敵によく勝てたものだ――『ヴォイドブラスト』は効果を発現して消失してしまったが、今後のことを考えると、強力な攻撃をチップに変換してストックしておく必要がある。


「……な、七宮さん……」

「んっ……ご、ごめんなさい……っ」


 胸に埋もれたままで喋ろうとしたのがいけなかった――七宮さんがビクッと反応して起き上がる。


「人前で泣いたことないのに……恥ずかしい」


 彼女はそう言うが、クールに見えて情に厚い人だと思う。自分では自覚がないのかもしれない。


「……コホン。モウスグ、先生方ガ到着シマス」

「あ、ああ、そうか……七宮さんの班の人たちは……」

「……気を失ってる。あんなに強い魔物だったから、仕方ない」


 七宮さんが倒れている女子二人のスカートを気にして、めくれているところを直す――と、見ているわけにもいかず、俺は動かなくなったピエロを調べることにする。


《――捕獲条件を満たしました》


(っ……!?)


 膝をついたままのピエロが、地面に溶け込むようにして消える――その後には、小さな宝石のようなものが幾つか残されていた。


「……今まで見た魔石とは違うみたいだけど、何だろう」

「データバンク照合 コチラハ『スキル結晶』ノヨウデス。スキル習得ニ使用シマス」

「そんなものがあるのか……」


 この結晶のことも気になるが、『捕獲条件を満たした』というのは、何のことなのか。ピエロは消えてしまった――だが、直近で戦った魔物のことなら、あのピエロしかいない。


(……あんな怪物を捕獲できるとは思えないが……万一捕獲できてたとしても、どこに行ったか分からなければ意味がないよな)


「……先生たちが来る」

「な、七宮さん……大丈夫、一人で……」


 一人で立てると言おうとしても、七宮さんは俺を支えようとする――この距離だとまた胸が普通に当たってしまう。


「私は元気だから平気。藤原くんは、けが人」


 回復薬を使ったとはいえ、まだ全身の倦怠感はある。吸われた力を取り返せても、一度はエナジードレインを受けたのだから無理もない。


「ナナミヤ様、体温ガ急速ニ上昇シテイマスガ……」

「……それは気のせい。この自動人形ドール、小さくて可愛いのにちょっとおしゃべり」

「ナナミヤ様ハ物静カデイラッシャイマスネ。バストガ大キイ割ニ」

「ばっ……」


 七宮さんが言葉を失ってしまう。サイファーにそういう発言は駄目だと言いたいが、それすらはばかられるものがある。


 いずれにせよ、絶体絶命のピンチを切り抜けることはできたのだから、今はお互いの無事を喜ぶ――顔を赤くして困惑している七宮さんだが、俺が見ていることに気づくと、仕方ない自動人形ドールだというように笑ってくれた。

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