第二十二話 対峙
日向たちの後を追う前に、一つ気がかりがある――サイファーの腕だ。
「日向班ノ痕跡ヲ
「ああ、それはお願いしたいけど……その前に、腕を応急処置しようか」
「
サイファーが自分で持っている腕を渡してもらう。折れた部分の断面は少し歪んではいるが、関節部分が破壊されたわけではないので、そのままくっつけることはできそうだ。
俺の『固定』は空間座標を固定するということなので、サイファーの腕を繋いだままで固定することができるのかどうか――やってみるしかない。
「俺のスキルで腕を繋いだままにできるか試してみる。サイファーはどう思う?」
「……マスターノ仰セデアレバ、オ願イイタシマス」
「わかった。じゃあ、じっとしててくれ」
サイファーの腕が繋がった状態で固定されている姿をイメージする――すると。
《スキル『固定』を発動 対象物の接続状態が固定されます》
「よし……っ、腕は繋がったけど、大丈夫そうかな?」
対象物二つを接続する形での『固定』もできる――サイファーは自分の腕を動かし、そしてカメラで確認している。
「魔力神経ノ接続ガ回復シテイマス。断面同士ガ上手ク一致シタヨウデス」
「それは良かった。でも、同じ箇所にダメージを受けると脆いかもしれない……あくまで応急処置だな」
「ハイ、気ヲツケマス」
さっきは迷いなく俺を庇おうとしたのに、そんなことを言われても――何というか、今日だけで随分サイファーに愛着が湧いてしまった。
「……マスター、ソノスキルハ『空間魔法』ナノデショウカ」
「はは……よく言われるけど、自分でも分からないんだよな。『荷物持ち』でこんなスキルが使えるのは変かもしれないけど、俺の中では矛盾はないんだ」
「『荷物持チ』ニ必要トサレル能力ダカラ、トイウコトデスネ」
「そうだな。それにしてもサイファーって受け答えが流暢だよな……声が電子音声じゃなかったら、ほとんど人間と変わらないんじゃないか?」
サイファーのカメラはキュインキュイン、と動いているが、何も答えない――時々こういう反応をすることがあるので、それもさらに人間味を増していた。
「ピピッ 戦闘ノ痕跡ヲ発見」
「……ここで『グリーンバルン』を倒したのか。他の魔物も倒したみたいだな」
「凍結シタ『グリーンバルン』ヲ発見シマシタ」
真っ二つに割られたようなコアの破片――これは日向が聖騎士の剣技で斬ったのだろうか。そして、氷漬けになった『グリーンバルン』。これはおそらく魔法系の技によるものだろう。
(……ん?)
『グリーンバルン』の後ろにある石の下に、紙のようなものが挟まっている。
手に取ってみると『藤原くんへ』とだけ書かれていた。紙の下にはケースに入ったサーチ眼鏡が置いてある。
これを見つけるのが必ず俺である保証はなかったが、それでも俺が見つけられた。サーチ眼鏡をかけてスイッチを入れると、レンズに付近のマップが映し出される。
「目的地が分かった。ここからは迷わずに行けそうだ」
「ソノ魔道具ハ、ドノヨウナモノデスカ?」
「登録したものが光って見えるようになるんだけど、マップ機能もあったみたいだな。七宮さんのいる位置も……」
マップ上の七宮さんの位置を示す光点は、ずっと止まったままになっている。
ダンジョン内を探索しているとしたらもっと動き回っているものではないのか。今、どんな状況なのか――今は考えるより足を動かす。
高低差のある洞窟内ではやみくもに進むと体力を奪われるが、なるべく最短経路を探し、負担を減らして進んでいく。自分より大きなバックパックを背負って進んでいた前世と比べたら、今の俺はステータスが低くともとにかく身軽だ。
やがてマップ上の光点までもう少しでたどり着くというところで、進行方向から剣戟のような音が聞こえてくる。
「ピピッ 他班ノ交戦ヲ感知シマシタ」
日向班――遠目にも彼らだとわかる。日向の仲間のふたりが攻撃を仕掛けたあと、とどめを日向が持っていく。
「――はぁっ!」
彼らが交戦しているのは、全身にぼろきれを纏った人型の魔物だった。日向の持つ剣は魔力の輝きを放っていて、魔物の首を一撃で飛ばす。
ゴロゴロと転がって、途中で燃え上がるようにして消える。その光景を、少し離れたところから見ている三人――そのうちの一人が七宮さんだった。
「……おや。驚いたな、もうここまで来れたのか」
日向の後ろ、足元の床が赤く輝いている――あれは、召喚の罠。
「藤原くん……っ」
「え、藤原って……ああ、荷物持ちの。なんでいんの?」
「別の方向に行くって決めたよね。ランクEってそんな仕事もできない……」
まるで日向の側近のように両脇を固めている女子が、日向が手を上げると口を
「まあ、七宮さんと君は知り合いみたいだからね。気になってこっちに来たというのは分かるよ。でも、いい機会だ……君に言っておきたいことがある」
「……俺に何か?」
「七宮さんの職業は魔工師……僕と同じランクAだ。二年時にはランキングが上の生徒からクラスに割り振られる。それを視野に入れると、この一年で可能な限り評価点を稼ぐ必要があるんだ。優秀なメンバー同士で組むことでね」
今まで日向が見せていた姿は、彼の一面に過ぎなかった。
周囲の信頼を得るように振る舞いながら、その内側は野心に満ちている。俺が日向に覚えていた違和感の原因がそこにある――日向は公の場では演技をしている。
今は俺たちだけしかいない。自分の信奉者である女子たちが見ている前では、俺に対して優しい自分を演じる必要もなくなったのだろう。
「率直に言おう。ランクEの君には相応の場所がある。それが七宮さんの近くじゃないのは――」
「それは日向には関係ない。藤原くんの仲間としてふさわしくなりたいのは、私の方だから」
七宮さんが日向の言葉を遮る。日向はかすかに目を見開く――それでも、元のように薄く微笑みを浮かべる。
「このダンジョンに入る前に、僕は準備をしてきた……そして藤原君が来るまでにも、僕らはここでレベルを上げた。七宮さんたちの班には見学していてもらったけれど、彼女たちにも僕らの実力は分かったはずだ」
「騎斗様のレベルは15……藤原、あんたのレベルは?」
「それは聞いちゃ可哀想でしょ、ただ
確かに日向のレベルは高い。状況的に召喚の罠を利用してレベルを上げたのだろう――俺も条件さえ整えば、実行する可能性がある選択だ。
「……その罠を、どれくらい使ったんだ?」
「おや……教室での君とは態度が違うね」
「あの時は
「回数か……百回は使っただろうね。別に構わないだろう? 回復薬は持ち込んでいるし、パターン化すれば怪我もしない。上位ランカーもチャンスがあれば同じことをやってるはずさ」
「そうかもしれないな。でも俺は、その罠が危険だということを知ってる」
「……だから? 僕に指図できると思うなよ」
日向の口調が変わった――だが、その方が俺にはいっそ清々しく思える。
「……そうだ。それならお互い新入生同士、公正な条件で競おうじゃないか。ルールは単純、どちらの評価点が高いかで勝敗を決める。勝ったほうが七宮さんを勧誘する」
「私は……っ」
「君に拒否権はない。君が『七宮』であるなら、本来クラスで最も優秀な人間と組む義務がある」
「騎斗様、それに触れるのは……っ、きゃっ!」
「僕を咎めるな。お前たちをここまで生かしたのは誰だと思ってる? 日向という家だ……所有物は所有物らしくしていろ」
日向が側近のひとりに手を上げる――いくら家の事情が絡んでくるとしても、到底見過ごせない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます