第二十一話 スキルの対象

 サイファーのことを考えれば、離脱のスクロールを使うべきだ。


 破壊された腕も本体が壊れていなければ修復はできるはずだ――そう分かっていても。



 ――藤原くんに助けてもらうだけじゃなくて、私も助ける。



 ここで逃げてしまったら、俺は何も変えられない。


 紫色の魔物がこちらに向く。向いているのがわかる。


 殺気を感じ取り、反応する。止める術はないのかもしれない、それでも――。


「――おぉぉぉぉぉっ!!」


 両手を前にかざし、叫んでいた。


 殺到する死の気配としか言いようのないものが――目の前で『止まる』。


《スキル『固定』を発動 対象物の空間座標が固定されます》


「っ……はぁっ、はぁっ……」


 通常の『固定』よりも魔力が失われるのが分かる。どんな対象物でも一律で消費魔力が固定というわけではない。


 触れなくても止められることは分かっていた。しかし『固定』がどれくらいの距離まで届くのかは検証していなかった。


 紫色のバルン、そしてそれが放った『攻撃そのもの』が止まっている。召喚の魔法陣が淡い発光を残して消えていくところが見えた。


「……マスター……アリガトウ、ゴザイマス……」


 後ろからかすかに声が聞こえる。一気に安堵が押し寄せ、俺はその場に膝をつく。


 俺は『固定』を物体か生物をその場に固定するというスキルだと思っていた――しかしその『物体』の範囲が、目に見える程度の大きさだという思い込みがあった。


 見えなかった攻撃は、なんらかの粒子で構成されている。それが『固定』されることで、形が見えるようになっていた――巨大で禍々しい姿をした、透明な槍。それがサイファーの腕を破壊した攻撃の正体だった。


「……こんなのから守ってくれたのか。凄いよ、お前は」

「……ゼヒモナシ……デス」


 こういうときに使う言葉として合っているのか分からないが、サイファーは無事を示すように、自力でふわりと浮き上がった。


「マスター……コレハ『魔法』ナノデスカ?」

「魔物の特殊攻撃だとしか言いようがないけど……魔力を使っているなら、魔法の一種とは言えるのかな」


 射線を外れて固定を解除すれば、そのまま何もないところに飛んでいくだけなのだろうか――と考えたところで。


(……もしかして、いけるのか?)


 俺は空中に固定された透明な槍の横に回り、右手をかざす――そして。


《スキル『圧縮』を発動 対象物をチップに変換します》


「……本当に、とんでもないな」


 ぐっと手を握ると『紫色のバルンの特殊攻撃』が圧縮される――握りしめた右手の中にはチップが3枚生成されていた。


《チップの内容:ヴォイドブラスト×3》


(ヴォイド……無とかそういう意味か? ていうか、一発に見えて三発分も攻撃してきてたのか……スライムの上位種、凶悪すぎるだろ)


「……ソレハ元ニ戻セルノデスカ?」

「『圧縮』だから『復元』もできるよ。敵の攻撃そのものを圧縮できるなんて知らなかったから、復元してどうなるかは分からないけど」

「魔石ト同様ニ、コチラハ魔力ノ塊ト認識シテイマス」

「へえ……ああ、そうだ。紫色のバルンもさっきのやり方で倒しておくか」

「カシコマリマシタ」


 紫色のバルンに近づき、核を撃ち抜く――このモンスターは簡易データも登録されておらず、名前すら分からないが、便宜上『パープルバルン』としておく。


 そして『パープルバルン』のコアもまた、魔石に変化する――虹色の綺麗な石だが、やはりそのままだとかなり重い。


 名称:リバイブストーン


 備考:魔物の体内で生成されることのある魔石の一種。


 価値:時価


「リバイブ……『蘇生』? さすがに死者蘇生とかじゃないよな……」

「希少ナ石ト見受ケラレマス」


 『リバイブストーン』をチップに変換してしまっておく。時価というと高価そうだと思ってしまうが、何か特殊な効果があるのならそちらの方が重要ではある。


「オメデトウゴザイマス、マスター」

「ありがとう。ここで結構時間を使ったな……そろそろ脱出に意識を向けよう」

「ハイ。現在、合計3班離脱シテイマス。スクロール退場デス」

「っ……そんなにか。分かるのなら聞きたいんだが、七宮さんのいる班は残ってるか?」

「ナナミヤ シロ様デスネ。ハイ、残ッテイマス」


 日向たちがどんな方針かは知らないが、すぐ外に脱出するのではなく、ダンジョン内で評価点を積むようなことをしている可能性はある。


(……今みたいな召喚の罠を、腕に自信がある人が見つけたら。日向はそんなリスクは取らないか……いや、俺はあいつのことをそこまで知らない)


「ピピッ 他生徒ノ接近ヲ確認」

「え……みんな別の方向に行ってるんだよな?」


 サイファーは答えない。いい予感はしないが、俺はバルンのいた横穴から出て元の場所に戻る――すると。


「うぉっ……クソがっ、こいつ触れただけでやたらとダルくっ……」

「ちょっ、斧で一撃じゃなかったのかよ! 役に立たねっ……うぁぁっ!」

「こんなん矢が当たるわけねえだろ……っ、おぶっ!」


 なぜこちらに来ているのか分からないが、鹿山たち三人は『グリーンバルン』に翻弄されていた。近くの物陰に隠れただけでも全く気付かれていない。


 三人とも魔法が使えないことで決定打がない――そうこうしているうちに小さな人型の違う魔物がやってきて、凶悪なことに吹き矢を構えた。


「いでっ……お、おい待て……なんか眠く……」

「どこ行ったんだよ荷物持ちは、あいつが離脱してなかったら俺らが最下位……っ、ひぎぃっ!」

「ケツに矢突き刺さってやんの……ダッセぇ……無念……」


(……なんだったんだ一体)


 離脱のスクロールが発動して鹿山班の姿が消える。『グリーンバルン』と人型の魔物――『マッドブラウニー』と表示されている――は、俺が出てきても攻撃を仕掛けてはこなかった。


「マスター、魔物ニモ一目置カレテイマスネ」

「さっきの上位個体を倒したからかな……」


 どのみち進んでもすぐに行き止まりになっていたので、俺は分かれ道のところまで戻る――ここで最後に小さく七宮さんたちの後ろ姿が見えたのが最後なので、彼女たちはかなり先まで行っているだろう。


 気になって追いかけてきたのかと笑われてもいい。万が一を想像して不安になるより、行動するべきだ――今はそう思うようになっていた。

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