OTHER1 思惑

 先行していた騎斗ナイトの班に、班員二人に引っ張られるようにして合流した白は、幾つかの違和感を覚えていた。


(……日向の班員の人たち、態度が変わってる。さっきまで日向に寄り添おうとしてたのに、急に……)


「――騎斗様、例のモンスターです」

「ああ、分かってるよ。みんな、生徒カードを見てほしい。あそこにいるのは『グリーンバルン』という魔物だ」

「は、はい……私、魔物って戦うのは初めてで……」

「恥ずかしがることじゃないよ、入学後に初戦闘を経験する人は多いそうだから……そこでもらえるかな」

「そ、それでは……行きます……!」


 騎斗の班員の二人のうち、一人は『斥候』という職業だった――支給された初心者用のショートソードを構え、グリーンバルンに向かっていく。


「っ……動画で見た通り、速いっ……あぁっ……!」

「な、騎斗様っ、遊佐ゆささんがっ……」

「――よくやった」


 遊佐と呼ばれた女子生徒の腕に絡みついたスライムを、騎斗はグローブをつけた手で鷲掴みにし、引きはがす。そして剣を一閃した。


(あの人……仲間の人を、初めから囮にしたの……?)


「……ダンジョンの中では連携が必要だ。今みたいにね。信頼関係が重要だというのは分かってもらえたかな?」


 性能的には優れていないはずの武器で、騎斗はスキルを使って魔力を込めた斬撃を放ち、グリーンバルンを倒した。


 その姿を見れば、彼のことを認めるしかなくなる――そんな思考が生まれて、白は自問する。


(認めるしかない……何か、強制されてる感じがする。このままこの人と一緒にいたら……)


「騎斗様……どうしたら騎斗様に信頼してもらえますか?」

「……どんなことでもします……ですから、そのお二人みたいに……」

「いいよ、僕の仲間に加えてあげよう。冴島さんと芹沢さんだったかな……それに……」

「それより、先に進んだほうがいい」


 会話の流れを断ち切るように白は言うと、落ちている石のようなもの――『グリーンバルン』のコアを確認する。


「七宮さんにも、騎斗様の素晴らしさは伝わったはず……自分に素直になった方がいいんじゃない?」

「そうそう、あの荷物持ちの人と仲が良いって話だけど、あんな人と付き合っていたら七宮さんの品格まで……」

怜美れみ、それは良くない。藤原くんには藤原くんの良さがあるはずだからね」


 騎斗はコアを調べるために屈み込んでいる白に近づき、傍らに立つ――しかしその手が肩に触れる前に、白は努めて自然な動きで立ち上がった。


(日向が言うことはいつも模範的に聞こえるけど――何か、違う)


「七宮さん、どうしたの? 騎斗様の仲間になりたくないの?」

「ねー……勿体ないよね。七宮さんはランクAなんだから、きっといっぱい騎斗様の力になれるのに」


 自分の班員である二人を放っておくことはできない。それでもこの場にいたくないという葛藤が、白の胸を締め付ける。


 騎斗が魔物を倒したあとから、空気が変わった。それに気づいていても、騎斗とその配下のように付き添う二人が作る流れを変えられない。


「さて……今くらいの強さの魔物はそのあたりにもいるはずだ。一人ずつ討伐実績を作っておこうか」

「……どうしてそんなにダンジョンに詳しいの?」

「ふふっ……七宮さんって真面目だよね。何年も実習に使われてるダンジョンなんだから、事前に情報を得られるのは不思議じゃないでしょ?」


 騎斗に対しての忠誠からくるような言動とは違い、白に対しては怜美れみの態度が明らかに変わる。


 そして白は、騎斗がダンジョンの情報を事前に得ていたのではないかという疑念を、確信に変えざるを得なかった。


「心配しなくても、僕はみんなで目標を達成して無事に外に出たいと思っているよ」

「……みんなに何をしたの?」

「何をしたって、これは自然なことだよ、七宮さん。今ここで不自然がっているのは君だけじゃないか」

「っ……」


 常に薄く浮かべている騎斗の笑みが、白には別人のもののように見える――そして思い出すのは、最後に視線を交わした少年のことだった。


(……ううん、頑張らなきゃ……こんなところで弱音は駄目)


「さあ、今度は『マッドブラウニー』が見つかったよ。今回は僕ら三人が倒すところを手本として見せよう。その次は君たちに任せるよ」

「「はい、騎斗様」」


 自分の班員二人が揃って返事をするのを目にした白は、思わず言葉をなくす。実質上五人と一人に分断され、騎斗に恭順することを強制されているような状況でも、白は唇を噛んで堪える。


(……私はそんなこと言わない……負けたくない)


 小人のような魔物が騎斗に飛びかかるが、剣の一振りで薙ぎ払われる――白はそのときはっきりと自覚する。『騎斗が目の前で魔物を倒すたび』に、何かのスキルが発動していることを。


「次は『魔工師』としての能力を見せてくれないかな。共同で探索しているんだから、メンバーのことは知っておきたい」

「……必要なときには、スキルを使う」

「七宮さんはどうやって魔物を倒すの? 私興味あるなー」


 怜美の言葉にも白は取り合わず、次に遭遇した『グリーンバルン』と対峙する。


「……『マジッククラフト』」


 白は右手を伸ばし、上に向ける――すると、その手の中に魔力の球体が生じる。


「『アイスボール』」


 魔力の球体が冷気を発し始める――それを『グリーンバルン』に打ち込むと、一撃で完全に凍結し、氷塊に閉じ込められる。


「ふ、ふーん、なかなか凄いけど思ったより普通じゃん。魔法使い系みたいな職業?」

「これでランクAって、どうして私より高いの……?」

「彼女は『こういったこともできる』っていうことだよ。今日で全部とは言わないけど、もう一つくらいはスキルを見せて欲しいな」


 日向の目的は、白を仲間に引き入れることにある。勧誘に注意しなければと思っていたのにこの状況まで抗えなかったことを、彼女は重ねて悔やんでいた。


(一人で何とかしなきゃ……そうじゃないと、藤原くんを助けるなんて言えない)


 白はずっと自分に向けられ続ける視線を振り切るように、班員が魔物を倒すのをサポートするため、もう一度『アイスボール』を使った。


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