第十九話 コア

 サイファーは常に俺より少し前を行こうとする。前衛を務めてくれるということだろうか――一応尋ねておくことにする。


「俺より少し前に位置取ってるのは、魔物から守ってくれようとしてるのか?」

「ゴメイサツデス」

「ご明察……って、サイファーもあまり防御力が高そうには見えないけど」

「ゴランニナリマスカ」


 本当に流暢に喋るなと感心していると、サイファーが肩にかけているショルダーバッグからカードを取り出す。自動人形ドールの生徒カードに相当するもののようだ。


 名前:未設定

 識別番号 000938

 機種:サイファー零参式

 レベル:5

 生命力:50/50 魔力:30/30


 搭載兵器:エレメントカノン 1門

 サイドアーム:スタンロッド

 特性:浮遊 光学迷彩I レコード


 主要諸元スペックの全てが表示されているわけではないようだが、まず一つ思ったのは俺よりレベルが高いし、なかなか強いということだった。


「イカガデスカ?」

「普通に俺より強いな……小さいボディなのに」

「……チッサクナイ」

「えっ……ま、まあそうか、サイファーってこれくらいのサイズでも大型なのかな」

「……規格サイズトシテハスモールデス」


 微妙に会話がずれているような――とにかく、サイファーは小さいとは言われたくないらしい。


 そして『サイファー』は人形ドールとしての一般名で、個別の名前は設定されていないと分かった。今日のところは便宜上、そのままサイファーと呼ぶことにする。


「――ピピッ 警告 モンスター出現ヲ確認」


 サイファーが警告する――緊張しつつ前方を見やると、薄暗がりにスッと浮かび上がるように、半透明のゼリーのような物体が見える。


《魔物と遭遇 グリーンバルン:1体》


「バルンって言うのか……でもまあ、スライム……」


 言いかけたところで――『グリーンバルン』がプルルッと震え上がるような動きを見せ、そして。


「っ……速っ……!!」


 バルンが跳ね回り始める――その不規則な動きに不意を打たれ、軽く腕に触れてしまう。


 ヒットしている間だけ、ねばつくような嫌な感覚。この感じは肉体のダメージではない、狙われているのは魔力だ。


 魔力 9/13


(ゆうべ『圧縮』を使ったから最大魔力が増えてる――いや、一気に三分の一はまずい……っ!)


 生命力を削られない攻撃でも致命的になる――魔力がなければできることの選択肢は大きく狭まるし、おそらく魔力切れでも離脱のスクロールが発動する。


「モンスター捕捉失敗、ターゲットロスト」

「サイファー、見えてないのかっ……!?」


 伊賀野先生はサイファーは弱い魔物なら倒せると言っていたが、それはパーティの場合、誰か一人がバルンと接触している間は動きが遅くなるからだろう。しかし俺はもう攻撃は受けられない。


(……だが落ち着いてみれば……問答無用でこうするって手があったな……!)


 バルンが俺に飛びかかってくるタイミングは目で追っても見切れそうにない。昨日後ろからリンに飛び掛かられた時と同じく、殺気に意識を集中する。


(……来い!)


《スキル『固定』を発動 対象物の空間座標が固定されます》


 ボヨンボヨンという、岩壁や地面を跳ね回る音が止まる。バルンは右後ろの死角から、形状変化して襲いかかってこようとしていた。


「よし、止まってるな……スライム系の魔物にも弱点は色々あるが……」

「マスター、生徒カードデ簡易モンスターデータヲ参照クダサイ」

「お……なるほど、そういうこともできるのか」


 グリーンバルン レベル3

 生命力:20/20 魔力:10/10

 備考:コアを攻撃すると活動を停止する


 遭遇した魔物のデータが閲覧できる――そうでなければいきなり詰みかねないので、当然といえば当然というべきか。武器攻撃でもコアに届いて運良く倒せるというケースもあるのだろうか。


「サイファー、魔力弾は撃てるか」

「装填口ヨリチャージが必要デス」


 最初からチャージしてあるというほど優しくはないようだ。どれだけ魔力を使えばいいのか――これもまた感覚でやってみるしかない。


「よし……これで一発分、だよな……っ」

「――ノーマルバレット・発射ファイア


 サイファーが搭載した小型カノン砲から光が放たれる――それはグリーンバルンのコアに命中し、ゼリー上の組織が力をなくして液状になる。


「ふぅ……ああ、やっぱり結構消費するな」


 魔力:3/13


 通常弾一発分で魔力を5ポイント分消費する。これで連条先生から出された魔物を一体倒すというノルマは達したが、もう魔力による攻撃手段が使えない。


「マスター、ドロップ品デス」

「ん……これ、バルンのコア……うぉっ、重たっ」


 野球のボール大のコアは、受け取った瞬間ズッシリとくるほど重い。


 コアを攻撃すると壊れるものだと思っていたが、何か違う変化が起きているように見える――というか、これは連条先生が見せてくれた魔石に似ている。


 名称:バルンの魔石


 備考:グリーンバルンのコアを停止させた際に変化する。使用すると魔力が回復する。


 価値:5シルバー


 スマホのカメラで撮ってみると、図鑑のデータと照合されて表示された。


「使用すると魔力が回復……そうか、魔力が主食だからか」


 そして一個あたりの価値が高い。薬草が1つあたり1シルバーだったのは秋月さんが設定した特別価格だったし、その5倍というのは破格だ。


 『バルンの魔石』は『マホロバ草』と違って使用時間帯の制限がないようなので、それで価値が高いのだろうか。もっとも『マホロバ草+9』を利用して『魔力回復小』のオーブを生成してしまえば時間は関係なくなるが。


 回復用の道具の持ち込みは自由ということなので、昨日作ったオーブも持ち込んでいるが、上手くやればそれを使わずに済むかもしれない。


 とりあえず『バルンの魔石』を使ってみる――右手で持って念じると、じわじわと魔石に含まれる魔力が身体に入ってきて、上限まで回復した。一回しか使えないようで、使った途端にサラサラと崩れてしまう。


 魔力:14/14


(魔力をギリギリまで使ったあとに回復すると、やっぱり魔力容量は少しずつ増えるな)


 俺の最大魔力が現在14で、魔石ひとつで全回復する。ノーマルバレットの装填に使う魔力は5ポイントで、確実にコアに攻撃を当てるために必要な『固定』で1ポイント使う。


「……これって、無限にループできるんじゃないか?」

「『無限ループ』ッテコワクネ?」

「いや、そうじゃなくて……って、よくそんな返しができるな」

「ノーマルバレット、魔石、ノーマルバレット、魔石。永久機関ガ完成シマス」


 俺が言わんとするところを先回りされた――だがサイファーの言う通りで、もし『バルンの魔石』を確実に手に入れられるとしたら、バルンを2体倒すごとに1個ずつ魔石を増やしていけるということになる。


 問題は都合よく『グリーンバルン』がいるのかだ。残り時間には余裕があるものの、出現する数が少なければ狙って狩る意味は薄くなる。


「ピピッ ピピッ 警告 複数モンスター反応ヲ確認」


 岩壁に開いた横穴――もしかして、と思いつつそこを這うようにしてくぐり抜けると、グリーンバルンがそこかしこにいる空間があった。どうやらさっきのバルンもここから出てきていたようだ。


「エレメントカノン、準備万端デス」


 サイファーがいてくれなければ、こんな方法は使えなかった。随伴させてくれた伊賀野先生には感謝しなければ。


 俺はグリーンバルンに囲まれることのないように一、二体ずつ引き付けながら、魔石の収集を始める――本当に少しずつではあるが、最大魔力の成長もモチベーションを上げてくれた。

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