第十七話 初回ダンジョン実習

 校舎のある区画とは隔壁で隔てられているエリア。その中の敷地がまた広く、一個のグラウンドくらいの広さがあったが、その中にコンクリートの建造物が建てられていた。


 建造物の中に入ると、地下に潜る階段がすぐに目に入った。もしもの時のために、ダンジョン外にも多重のセキュリティを設けているという印象だ。


「ダンジョンに入る前に、少し説明をさせてもらう」


 ダンジョン実習を担当する連条れんじょう先生――白髪混じりだが、年齢は三十代ほどに見える男性だ――は、スーツ姿だが腰に剣を帯びている。


 想定してはいたが、それはダンジョン内に魔物が出ること、先生が救助に備える必要があることを示していた。


「この階段を降りた先は常に同じというわけではなく、一定の周期で『転移位相』の変化が生じる。転移する先が変わるわけだな。この周期が変わらないうちに全員入れば、クラス全員が同じ場所に転移することになる」

「せ、先生、私転移って今までしたことないんですけど……」

「普通はないだろうな。だが、ダンジョンではそれは日常茶飯事なんだ。転移して壁の中に飛ばされたって事例は、今のところ報告がない。この学園では創立以来ダンジョン探索による死者は出ていないが、傷病者は出ている」


 急にプレッシャーをかけられ、クラスメイトたちが緊張しているのが分かる。


 俺もあの白日夢を見る前なら、同じように恐れていただろうが――『ベック』として異世界のダンジョンに潜っていた時の記憶があると、「ダンジョンなんて危険で当たり前だろう」と腹をくくれる。


 それでも得られるものは多く、ダンジョンは人を惹きつける。『ベック』のいたパーティが、深淵より来る獣を討伐することによる名誉を求めたように。


「もし危なくなったら『離脱のスクロール』を使え。これは迷宮内での収穫を失うが、代わりに外までは出ることができる。班員が危険だと判断したらその場で自動で発動するようにもなっているから、意地でも使わないということはできない」

「先生、それって落としたりしたらどうなるんすか?」

「落とすな、としか言えん。実際過去にスクロールを落とした生徒はいるが、その時は我々で救助した。そこまでの事態になると、学園に在籍し続けること自体が難しくなる場合もある。理由は単純で、親御さんに心配をかけるからだ」

「へえ、そうなんですか。ウス、勉強になりました」


 質問した鹿山がこれ見よがしにこっちを見るが――それこそ他者のスクロールを奪ってどうこうするとか、そんな行為自体が大問題だろう。


(昨日より敵意が増してるな……俺が七宮さんと登校してきたのを見てたってことか。そうすると勧誘を中断させたことも引っかかってくるだろうが……)


 生徒の方が魔物より怖いなんてさっきは思ったが、それで実害を被るようだと洒落にならない。クラスメイトに対しても気をつけて立ち回らなくては――杞憂かもしれないが、無警戒でしてやられるよりはいい。


「お前たちには二つの課題のうち、いずれかの達成を目指してもらう。ひとつ、魔物を一体でいいから倒すこと。ふたつ、このような『魔石』を見つけてくることだ。どちらも数が多いほど評価点は上がるし、迷宮内には他の達成目標もあるが、そこまではまだ考えなくてもいい」

「私達は目標を達成して、外に出てくればいいんですか?」

「そういうことだ。このタイプの魔法陣を見つけたら、その上に立てば地上に転移できる。時間はたっぷりあるが、フルに使う必要はない猶予時間バッファだ」

「先生はダンジョンには入らないんですか?」

「各クラスの担任のうち二名がダンジョンに入るが、お前たちが想像するよりもダンジョンは広い。見回りの際に遭遇する可能性は低いが、会ったら挨拶くらいはしておくといい……それと、これも重要事項だが」


 先生がタブレットを操作して、魔法陣の形状を俺たちに見せてくれる。ひとつは転移の魔法陣で、もう一つはまた違うようだ。


「こいつは召喚の魔法陣だ。罠だから踏むな。よほど自信があるやつは踏んでもいいが、実習初日からはオススメできない……話は以上だ」


 クラスの皆がざわつきつつ、順番に階段を降りていく――途中で闇に溶けるように消えるが、あれで転移しているということか。

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