第十一話 依頼達成
静波荘に戻ってくると、玄関前で秋月さんが待っていた。
「お帰りー。二人とも、外で会えたんだ……えっ、何か凄く仲良くなってる?」
「……藤原くんのおかげで、このあたりの調査が進んだ」
「えっ、そんなに? 司くん、何の調査をしたのかお姉さんに後で教えてもらうわよ」
「ち、違くてですね。マホロバ草がたくさん生えてるところを見つけたってことです」
「あはは、分かってる分かってる。すごく仲良さそうに歩いてくるから、こっちまで嬉しくなっちゃっただけ……あら?」
秋月さんが七宮さんの肩に載っている猫に気づく。緊張の瞬間だ――動物禁止とにべもなく断られてしまうか、それとも。
「……ちょっと待って? この子、山の裏手で見つけたの?」
「はい、捕獲の条件っていうのを満たしたみたいで……」
「待って待って、そうじゃなくて。普通は10レベル以上のパーティが、罠とか準備してようやく捕まえられる魔物なんだけど……」
「確かにかなり素早かったですね。でも、俺のスキルで何とかなりました」
俺の感覚ではそれくらいの話なのだが、やはり詳細に話さないと納得してもらえないか――と覚悟したところで。
「……とにかく捕獲できたっていうことで、その子はもう攻撃してこないってことでいいのね?」
「はい、ずっとおとなしいです」
「ここで飼うには健康状態を調べたりしないといけないから、いったん私が預かるわね」
「…………はい」
「七宮さん、猫好きなのね……そうよね、こうして見ると可愛いし……」
「ミャー」
秋月さんが指を差し出すと、猫は前足をちょいちょいと動かす――この愛くるしさに抗える人もなかなかいない。
「……今回は特別に、この子をどうするかはお任せするわね。二人が留守のときは私のほうで面倒を見るから。それは大丈夫そう?」
「はい、俺が信頼できると思った人なら、この猫も同じみたいなので」
「ふーん、じゃあこの子を手懐けたら司くんも懐いてくれたりして」
「……藤原くんは猫じゃなくて、人間」
「ははは……え、えーと。秋月さん、依頼の納品ってどうやればいいですか?」
「薬草は持って帰ってこられなかったみたいだけど、他に何か納品するものがあるの?」
「いえ、結構たくさん採ってきました。これがそうなんですけど」
「……小さいけど、カジノのチップ? 私からかわれてる?」
こういう反応になるだろうと分かっていたので、秋月さんには『復元』を一度見せることにする。
「復元すると体積が一気に大きくなるので、離れてください」
「復元って、そんなフリーズドライみたいな……えっ、本気なの?」
チップを一枚地面に置いて『復元』する。一気に元の薬草に戻る――それを見て、秋月さんはしばらく目を丸くしていた。
「……空間魔法……いえ、これは……これが藤原くんのスキル?」
「はい、圧縮したり復元したりできます。元の薬草のままだと思うんですけど、どうですか?」
「え、ええ。この薬草だけど、大釜で煮込んで、浸出液を飲み薬にするの。有効成分を得るために必要な量が多いから、一本持って帰るのも大変で……」
『薬草採取』という依頼内容から想像するより難しいというのを、秋月さんは自分で説明してしまっている――かなり動揺させてしまったようだ。
「この薬草のチップが、こちらに19個ほどあるんですが……」
「でも、お高いんでしょう? ……って、冗談を言ってる場合じゃないわね。報酬にしてシルバーコイン19枚、そこにボーナスもつけてゴールドコイン一枚。これは正式な規定通りよ」
「えっ……いいんですか? そんなに貰ってしまって」
「普通は一本持って帰ってくるだけでも十分なんだから、そうなるわね。悔しいけど私の負けよ」
いつから勝負になっていたのかとか、突っ込みたいところは色々ある。だが報酬が規定通りなら言うことはない。
「あそこにある小屋が納品場所になってるから、薬草はそこに置いておいて。依頼っていう形でなくても、常に納品を受け付けてるものもあるから、良かったらお願いね」
「納品できるもののリストとかってありますか?」
「生徒用のアプリで募集が出てるはずだけど……価値がないって言われてるアマミ草も需要があるのよ、甘味料が取れるから」
「そこらじゅうに生えてましたね……もしかしてこの山って、宝の山だったりしますか?」
「学園の敷地内にはそういう資源が分布しているところがたっくさんあるのよ。この辺りもそのうちの一つってことになるわね」
『圧縮』を使えば納品依頼はかなり効率良くこなせる――資金稼ぎにはなかなか良さそうだ。
「秋月さん、それと『すごい薬草』っていうのもあるんですが、これも納品できますか?」
「……えっ?」
「なんとなくすごい感じがする。二つの薬草を一つにしたもの」
「それはどういう……な、なるほど、たしかに一味違う感じがするわね……」
秋月さんは少し迷っているようだった――というか、見るからに困惑している。
いったい何をしたのかと問い詰められそうなところだが、彼女は出かけた言葉を飲み込んだようで、ふう、と深呼吸をする。
「それの価値は見てみないと分からないから、とりあえず納品しておいてくれる? 良いものだったら、あとでちゃんとボーナスを出すから」
「分かりました。じゃあ、報告は以上ですね」
「ええ。早速夕食にメニューを追加する?」
「身体が資本なんで、できれば肉が食べたいですね」
ステーキもいいし、ハンバーグもいい。肉だけでなく野菜も摂らなくてはいけないが、まずは肉だ。荷物持ちには筋肉が必要だからだ。
「なかなかストイックなことを言うわね……私の技を外した少年は一味違うってこと?」
「そ、そんなに変なこと言ってますかね……七宮さんはどうする? えーと、2で割れないから10シルバーが七宮さんの分で」
「……全部藤原くんの分。私は何も……」
「司くん、あんまり気前が良すぎると私の方が好きになっちゃうから控えてね」
「ええっ……」
「もちろん半分は冗談だけどね。新入生が前途有望で嬉しいなー」
秋月さんは本当に喜んでくれたようで、弾むような足取りで家に入っていく。
「……好きになっちゃうって」
「い、いや、あれは冗談だから。そんな、報酬を山分けするとか普通に当たり前なのに」
「じゃあ、私は1シルバーにする。それでデザートを追加する」
遠慮深いというかなんというか――しかしデザートとは盲点だった。頑張った分だけ潤いを得て、毎日を豊かにしたいものだ。
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