第十話 帰り道


 薬草の群生地に辿り着き、薬草集めを始める。


 後のことを考えると手当たり次第に抜くことはできないので、密集しているところから一本抜き、他の密集しているところからまた抜く――そうするだけでも二十本集まった。


「……ギュッって小さくなるの、見てるだけでも楽しい」

「やってる俺自身も不思議な光景だけどね」


《スキル『圧縮』を発動 対象物をチップに変換します》


《スキル『圧縮』を発動 対象物をチップに変換します》


 スキルを一回使うごとに魔力を1消費する。消耗してきたらマホロバ草で魔力を回復する――マホロバ草がそこかしこに生えていたのは幸いだった。


「……短時間に繰り返して回復しても、大丈夫?」

「今のところは問題ないかな。一個ずつだと時間がかかるから、複数同時にできるか試してみるよ」


 薬草を二つ並べて地面に置き、手をかざす。そして同時に『圧縮』しようとする――すると。


《スキル『圧縮』を発動 『薬草×2』を『薬草+1』に変換しました》


「えっ……?」

「……だめだった? できてるように見えるけど」

「い、いや……『二つのものを圧縮した』というより、『二つのものを一つにした』みたいな効果になっちゃったみたいで」

「『圧縮』したら一つに……合成されたっていうこと?」

「うーん、どうだろう。ちょっといったん復元してみるよ」


 『薬草+1』のチップを復元してみる――すると、確かに二つの薬草を圧縮したはずなのに、一つだけになっている。


「……これは『すごい薬草』かもしれない。普通の薬草よりオーラがある」

「そ、そうかな。七宮さんはそういうのは分かるの?」

「……なんとなく」

「ミャ~」


 七宮さんの肩の上に移動した猫が合いの手を打つように鳴いて、なんとも気が抜ける。


 普通の薬草ではなく『+1』なら、効果が強そうではある。七宮さんはなんとなくと言うが、確かに普通の薬草とはなんとなく違って見える。


「……『薬草2個』を、2個のまま圧縮するのはできる?」

「よし、やってみよう」


 二つのものを独立したままで圧縮する――そうイメージしながらスキルを発動させる。


《スキル『圧縮』を発動 対象物を2枚のチップに変換します》


「……二つのものをまとめて一つのチップにはできない、のかな」

「器に入れて圧縮してみるとかは?」

「それならできる可能性はあるな……ただそうすると、薬草2つを入れられるような容器が必要になるね」


 『圧縮』をするときには気をつけないと、二つのものが一つになってしまう。


 だがそうすると気になってくるのは、『+1』ということは『+2』にもなるのかということだ。


「続けてちょっと実験してみてもいいかな。それで今日は終わりにするから」

「わかった。いっぱい吸って、マホロバ草」

「あ、そうだ。『マホロバ草』も『すごいマホロバ草』にできるのかやってみるよ」

「……ちょっと集めてくる。何本くらい?」

「とりあえず10本くらいかな」


 七宮さんと手分けをして『マホロバ草』を集める――『サーチ眼鏡』に登録することで苦労せず探すことができた。


「これを全部一気に圧縮するの?」

「ああ、できるかはわからないけど」

「……すごいことになりそう」


 どうも『圧縮』するところを気に入ってくれたのか、七宮さんの期待を感じる――これは裏切れない。


 魔力も最大まで回復したし、準備は完了だ。十本のマホロバ草に手をかざし、圧縮していく――『十本』が『一本』になるように。


《スキル『圧縮』を発動 『マホロバ草×11』を『マホロバ草+9』に変換しました》


(ん? あれ、数え間違えてたか……って……何か違う……!)


《10個を圧縮し、余剰分を『魔力回復小』のオーブに変換しました》


「うぉっ……!?」


 複数の『マホロバ草』が一つになる瞬間、さっきと違って発光現象が起きた――生成された『マホロバ草+9』は、バチバチと紫の火花を散らしていたが、それはじきに落ち着いた。


 そして――11本目のマホロバ草は、合成できずに他の何かに変換された。チップではない、丸薬のような大きさの『オーブ』に。


「…………」

「七宮さん……?」

「……すごいって言葉じゃ足りなくなっちゃったから」

「あはは……まあ、上手く行ったみたいだ。一本は圧縮しきれなくて、何か別のものに変わっちゃったみたいだけど」


 『オーブ』を七宮さんに渡すと、彼女はそれを親指と人差し指で持ち、月明かりに向けてかざす。


「……きれい。マホロバ草からこれができたの?」

「そうみたいだな……それは『オーブ』って言って、魔力回復の効果がある。『使いたい』と念じれば効果が出るよ、使えるのは一度きりだけど」


 『オーブ』が生成された瞬間、どんな使用法なのかも同時に理解できていた。


「……夜しか魔力回復できないと思ってたのに。これなら、昼にも使えそう」

「そうだといいな。この合成したマホロバ草……『マホロバ草+9』を残しておけば、あとはマホロバ草一本につき一つオーブが作れると思う」

「大発明だと思う。魔力の回復をする薬とかは貴重だから。マホロバ草から作れるってわかったらパニックになるくらい」

「そうなのか……じゃあ、トップシークレットってことで」

「……絶対内緒にする。藤原が……」


 七宮さんが言いかけてやめる――バイザーの向こうの顔はよく見えないが、どうしたんだろうか。


「……藤原くんが困ることは、誰にも言わない」

「あ……え、えーと、呼び捨てでも俺は全然……」

「……変だった?」

「いや、全然変じゃなくて……」


 何か心境の変化があったのだろうか。それは聞かないお約束ということか――七宮さんは何というか掴みどころがない。


「藤原くんがいなかったら、この子に驚いただけで帰ってたかも」

「お役に立てて何より。俺も……」

「……藤原くんも?」

「いや。暗いところで一人よりは、二人の方が心強いな」

「……私より藤原くんのほうがずっと、怖いものには強そう」


 シルバーコインで食事をどう変えられるのか、そんな興味で受けた採取依頼はこうして無事に終えることができた。


 チップに変換した薬草は19本、うち1本は『+1』に変換したもの。そしてマホロバ草の『+9』が1本と、『魔力回復小』のオーブ。これは有用だと判断して、オーブは追加で3つほど生成した。


 もっと最大魔力を上げ、チップを収納するためのケースなども用意することで、一度の探索でより多くの収穫を持ち帰ることができるだろう。


 何より嬉しかったのは、知り合いができたことだ。同じ寮、同じクラスといっても、場合によってはもうあまり話せないかもしれないが。


「……藤原くんにお礼がしたい」

「お礼?」

「そう。あのときも、助けてくれたから」

「……あ……」


 気づいていないだろうと思っていたが、七宮さんも覚えていた。


 次に強引に勧誘されていたりしても、また俺が何とかする――そう思いはしても、口に出すのは勇気がいる。


「ありがとう」

「い、いや、俺はただのクシャミがでかい通行人で……」

「……ふふっ」


 いつもクールで淡々としている人が笑うと、破壊力が倍増するように思える。


「藤原くんは……ううん、何でもない」

「そう言われると気になるんだけど……」


 そんな俺達のやりとりをよそに、七宮さんが抱いた猫があくびをする。


 まばらな街灯と月明かりが照らす道を、俺たちは一緒に寮まで歩いていった。

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