第七話 『圧縮』

 スキルを初めて使うとなると、どんな能力か広まってしまっても困るので、その辺りは話しておかないといけない。


「俺は藤原司っていうんだけど、君の名前は?」

「……私は、こういう名前」


 彼女は生徒カードを取り出して見せてくれた――文字が光るので暗くても内容が見やすい。


 七宮ななみやしろ――読み方も併記されている。


「七宮さんっていうんだね。珍しいけど、響きがいいっていうか」

「……そうでも、ない。普通。藤原のほうが、やんごとなき雰囲気」

「あー、日本史にも出てくるしね。でもその発想はなかったな」


 そんな冗談を言ってくれるとは思わなかったので感激してしまう。同級生とまともなコミュニケーションが取れていなかった俺には、こんな緩めの会話が嬉しい。


「……薬草ならたぶん向こうにある。その前に、ちょっといい?」

「え?」


 七宮さんが持っていたカバンから、何かを取り出す――それはスプレーだった。得意そうに胸をそらして見せてくる様子は、率直に言って微笑ましい。


「私が作った虫よけスプレー。肌についても大丈夫な成分」

「作ったって、自分で? 凄いな……」

「虫除けのハーブと適量の水だけでできる。かけていい?」

「じゃあ、お願いしていいかな」


 七宮さんがスプレーをかけてくれる。俺が肌を出しているので気になったようだ――自分は完全防護なので、よほど虫刺されに気をつけているのだろう。


《『リペレントスプレー』を使用 虫除け効果が発揮されます》


「はい、終わり」

「ありがとう。今、スキルを使ったときみたいな感じがしたけど……」

「スキルで作ったスプレーだからかも。私は『魔工師』だから」


 その職業名をどこかで聞いた――そこで記憶がようやく繋がる。


 さっき学園の玄関ホールで、男子から勧誘を受けていた女子。防護服で分かりにくくなっているが、背格好や声が確かに同じだ。


「……さっきは……」

「え?」

「ううん。これで虫除けできたから、百歩歩く間くらいは大丈夫」

「ははは……それはゲームのアイテムの効果じゃないかな」

「そう。本当は、効果は二時間くらい」


 七宮さんが知名度の高いゲームのネタを振ってきたのかと思ったが、それで合っていたようだ。こういうことがあると打ち解けるのが早い。


 何となく話が合うようで、楽しくなってきてしまった――と浮かれてはいられない。


「……モケモンの厳選とかって、する?」

「あー、俺も結構凝る方だけど……って、そういう話もしたいけど、今はそれより薬草採取のことを考えないと」

「……自重する。どうしたらいい?」

「えーと……本当は自分のスキルは秘密にしておこうかなと思ってたけど、七宮さんならいいかな」

「私は秘密を漏らしたりしない。約束する」


 淡々としているが、七宮さんははっきりそう伝えてくれた。


 これで騙されてしまうようなら、俺がお人好し過ぎたということで次に活かせばいい。


 これからもう一つのスキルを使う。そう考えただけで、使い方は自然に頭に浮かんできている。


「たぶんこのスキルを使えば、薬草を楽に運べるようになると思う。始めるよ」

「…………」


 七宮さんが頷く。緊張しているようで、一歩、二歩と下がったところでじっとこちらを見ている。


 両手を薬草に向けてかざす。そして手を合わせ、ギュッと縮めていくイメージ――そして。


《スキル『圧縮』を発動 対象物をチップに変換します》


(……すっげえ……なんだこれ……)


 やっている自分が呆然としてしまう。人間の背丈より大きな薬草が、俺の手振りに合わせて圧縮され、両の掌を合わせた間に収まってしまった。


「……すごい……これって、空間魔法……?」

「俺もどういうカテゴリーのスキルかは分からないんだけど……『荷物持ち』だから、運びやすくできるってことなのかな」


 手の間に収まった薬草は、百円玉より小さいくらいになっている。原理が全くわからないが、重さはほとんど感じない。


《チップの内容:薬草×1》


 チップの見た目はコインに近く、他の人には何が圧縮されているか分からないだろうが、俺には中身が何かわかる。


「……すごい。それしか言葉が出てこない。質量保存も無視してるし、概念に作用するスキルかもしれない」

「おお……七宮さんが言うと、本当にそうかもしれないって思えるね」

「茶化さない。私は真剣」


 転生担当と言っていた女神も、こんなとんでもないスキルだと知ったらどう思うのだろうか。「神が驚くわけないじゃないですか、バカじゃないですか」とでも言ってくれるのか――罵倒を期待しているとかじゃないが。


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