第六話 薬草採取

 異世界においての薬草採取は、弱い魔物しか出ないところで薬草を探し、安全第一で依頼を達成するのがセオリーだった。


 薬草採取でも体力はつくので、魔物を倒さなくてもそのうちレベルは上がる。レベルというのは『経験を総合したもの』というような扱いで、毎日仕事をしていれば職人でもレベルは上がるのだ。


 しかし薬草採取だけでレベルが上がり続けるかといえばそうではなく、何年も続けてもレベル5で止まってしまったりする。秘境にある伝説の薬草を探すなど、難易度の高いことを達成しないと経験が入らなくなるからだ。


「学校の裏山は秘境でした……って、洒落にならないな」


 地図では簡略化されていた部分。山の裏側に回り込む道を進んでいくと、どんどん木々が鬱蒼としてきた。


 こんなところにも街灯があるが、電線が繋がっているのが不思議なようなジャングルだ。


 裏山で遭難なんてことにならないよう、何らかの安全対策はあるのだろうが――薬草の群生地と言われていたが、『薬草』以外の植物が多すぎる。


 スマホにインストールしてもらった図鑑で、薬草がどれかは分かっている。だが実際に入手していないもののデータが登録されるのはごく一部だけで、他の情報はほぼ無い――一気に情報を与えられるよりは、一つずつ自分の手で入手して確かめろということだろうが。


「うーん……こっちが『薬草』か? 『アマミ草』にそっくりなんだが……」


 名称:アマミ草


 備考:繁殖域が広く、そのまま食べられる。青臭さに目を瞑れば可食部には少しカロリーがある。


 価値:0ブロンズ


(これを食べて餓死を免れるみたいな状況もあるのか……?)


 葉をちょっとかじってみるが、意外とまずくはなかった。付近の草食動物の餌になっているのか、大きく齧られている形跡のある草もある。


「これもアマミ草……ん?」


 草むらをかき分けて探していると、地面に植物が引き抜かれた痕跡を見つけた。


(動物が引き抜いた……? いや、違うな。周りに人が入った痕跡がある)


 そういえば、新入生の人も『調べたいことがある』と出かけたそうだったが――その人も同じ方向に来たということか。


 もう少し進んでみるか、引き返すか。引き抜かれた草が薬草だとしたら、この先に進んだほうが見つかる可能性は高いのか――考えつつ、軍手をはめた手で草をかきわけて進んでいく。


「――きゃっ!」

「えっ……」


 前方から悲鳴のような声が聞こえた――と思った瞬間、誰かが正面に飛び出してきた。


(うぉぉっ……!?)


 このまま仰向けに倒れて後頭部を強打なんて洒落にならない――と、俺は使い方を覚えたばかりのスキルのことを思い出す。


《スキル『固定』を発動 対象物の空間座標が固定されます》



「っ……な、何とかなった……」


 草に対して『固定』を発動させ、転倒を防ぐ――それなりに衝撃はあったが、それは背中に背負っていたナップザックで軽減された。


「……あ……」

「おおっ……び、びっくりした」

「……!!」


 がばっ、と受け止めた人が俺から離れる。俺も身体を起こし、草の『固定』を解除する。


 俺が何に驚いたかというと、飛び出してきた人の格好だ。まるでハチの巣の駆除でもするような装備をしていて、全身完全ガードという状態だった。


 確かにこの密林ジャングルじみた場所で活動するには、これくらいの装備をしていてもおかしくはない――と、自分を納得させる。


「……あなたが、私と同じ一年生の人」


 顔を覆ったバイザーの向こうから、つぶやくような声が聞こえる。可愛らしい澄んだ声――フル装備なのでわかりにくいが、おそらく女子だ。


 声以外にも女子だとわかる理由はあったのだが、それは俺の記憶に封印することにする。世の中には忘れた方がいいこともたくさんある。


「ということは、君が秋月さんが言ってた人かな」

「……そうだと思う」

「え、えっと……そうだ、一体何があったのか聞いてもいいかな」

「……何か飛び出してきて、驚いた。たぶん、魔物だと思う」

「魔物……ダンジョンの外にも普通に出てくるのか」


 薬草の採取依頼にありがちな、ルート上に出現する魔物。回避すれば問題ないと思うが――さっきからずっと、俺の服の端を、防護服の人がつまんでいる。


「……もう帰ったほうがいい?」

「いや、そんなことはないけど。魔物って危険そうなやつだった?」

「小さかったから良くわからない。丸くて、目が光ってた」


 魔物ではなく小動物かもしれないが、暗がりから急に出てきたらビックリすることには違いはない。今日は切り上げるべきか――いや、まだ薬草を見つけてない。


「俺、薬草を取りにきたんだけど。君もここに来たってことは、目的は薬草探し?」


 こくり、と頷きが返ってくる。そういうことなら、彼女にも薬草を無事に持ち帰ってもらいたい――お節介でなければだが。


「じゃあ、一緒に探そうか」

「……いいの?」

「もちろん。同じ寮みたいだし……って……」


 深く考えていなかったが、静波荘の他の住人には女子もいる――その事実に遅れて衝撃がやってくる。


(秋月さんはそんなこと一言も言ってなかったぞ……いや、言う必要もないと思ってたとか? 必要あるよ、大ありだよ)


「どうしたの?」

「あ、ああごめん。ちょっと考え事してただけだから。よし、絶対に薬草を見つけよう」

「一本だけあった。でも、さっき驚いて……」

「落としちゃったのか。じゃあそれも回収して……」


 草をかきわけた先には――想像以上に大きいというか、一本だけでも持ち帰るのが大変そうな草が落ちていた。アマミ草に形は似ているが大きさは数倍ある。


 通常の相場でも薬草一本で5ブロンズという意味がよくわかる。徒歩で持って帰るのが大変だからだ――一部だけ持って帰っても一本とカウントされるのかと思いたくなるほどに。


「……もう一本見つけて、一人一本ずつ持って帰る?」


 普通ならそうするしかないくらいに嵩張る草だ。荷車でも持ってきて積めればいいが、ここまで運んでくるのは骨が折れる。


「……そうだ」

「?」


 荷物持ちを悩ませる、所持容量の限界。


 それを解決する方法を、俺は与えられているはずだ――まさに今、2つ目のスキルを試すときが来た。

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