第二話 学生寮

 俺が前世を過ごしたと思われる世界――これを異世界とするが、そこでは『要検証型』と言われるスキルがあった。


 『固定』と『圧縮』もそれに該当していて、物体というか何らかのアイテムに対して使うのだとは分かるのだが、何が起こるかは検証が必要だ。


 スキルのことも気になるが、とりあえず今から寮に行かなければならない。この学園は全寮制で、一部の生徒以外は全員が寮に入ることになっている。


「ねえ、今日の帰りどうする? 駅前のほう見に行ってみる?」

「夕飯の時間に遅れると罰則ペナルティだし、今日は大人しくしといた方がいいよ」


 罰則――そんなものもあるのか、と考えつつ、カバンの中に入っていた入学説明の書類を確認する。


 俺の場合、奨学生枠に応募していたが補欠合格となり、入学が遅れて決まったため、春休みのうちに入寮準備などができていなかった。


 俺の寮は一年生五番棟というところにあるらしい。一年校舎の玄関ホールまで出てきたところで、その広さに感嘆する――といっても、ここを通るのは二度目だが。


「明日のダンジョン、俺らと一緒に行かない?」

「俺とか『斧戦士』だからさ、魔物とか出ても蹴散らせるぜ」


 同じクラスの男子たちが、今から明日のダンジョン研修に向けて女子を勧誘している――さっきはあまりクラスの様子を見てなかったが、


「まだ時間あるだろ? これからどっか行って話さねえ?」


 『斧戦士』の男子はリーダー格ということなのか、引き連れた仲間より前に出て熱心に勧誘を続ける――だが。


「……私はパーティとか必要ないので、いらないです」

「『魔工師』って前衛が必須なんじゃねーの? パーティ必要ないとか強がりっしょ」

「そうそう、仲間がいた方がいいと思うよー、女の子もう一人誘う予定だしさ」

「実習初日から差をつけてくスタイル。僕らもランキング狙ってるからさ」

「っ……」


 三人で逃げ場を無くすような位置取り――確かに『魔工師』という職業名からは、戦闘向きではないようではあるが。


 それは、彼女の意志を尊重しない理由にはならない。


「――ふぁぁぁぁっくしょん!!!」

「「「っ……!?」」」


 前世のオッサンが出たようなクシャミをする俺――もちろんわざとだが、男子三人は思い切り驚いていた。


「……チッ。見てんじゃね―ぞ、荷物持ちくん」

「荷物持ち男くんもパーティ入れて欲しいの? あーちょっと俺らの構想外かな、ゴメン」

「えー、結構役に立つかもしれないじゃん?」

「まあいい、パーティは固定じゃないらしいしな。だが明日後悔してもおせえぞ」


 男子三人はそれぞれ好き放題に言って去っていった。目をつけられてしまったが、向こうも強引な勧誘をしていたとバレると都合が悪いようだ。痛し痒しといったところか。


「…………」


 勧誘されていた女子は俺の方を見ていた――が、目が合いかけるとつい、と逸らして歩いていってしまった。変な奴だと思われただろうか。


 それにしても俺はパーティは必要だと思うが、勧誘はまずされないだろう立場。彼女は勧誘されるのに要らないという考えで、人それぞれ主義があるものだ。


 しかし、さっきの三人のうちの一人が言っていた『ランキング』とはなんだろう。職業のランクとは違って、他にも順位を決めるシステムがあるんだろうか。


『――新入生の皆さん 下校の時刻が近づいています 忘れ物がないか確認して、放課後の活動に移行してください』


 放送が流れて、残っていた生徒たち全員が外に出ていく。俺もそのうちの一人になって、寮のある方向に足を向けた。


   ◆◇◆


 寮は一棟につき百人近く入れるという、五階建てのマンションみたいな建物だった。


 エントランスで入寮手続きをしようとすると、受け付けの女性はパソコンの画面を見て表情を曇らせる。


「あー、藤原司さんですね、奨学生枠の。申し訳ないんですが、一般寮の部屋が埋まっているところに急遽申し込みがあったもので、違う宿舎を手配しています」

「違う宿舎……」

「奨学生の方からは寮費を徴収していないので、寮費を払っていただける生徒さんのほうが優先になるんです。事後の了解になってしまい、誠に申し訳ありません」

「いえ、野宿ということでなければこっちは大丈夫です。手配してくれてありがとうございます」

「ちょっと古いですが、伝統のある寮なんですよ」


 ニコニコとして言われても、やはり一抹の不安は過ぎる――そして間の悪いことに、さっきの男子三人が近くで入寮手続きをしていた。


「へー、荷物持ち男くんって奨学生なんだ」

「金も払ってねえやつと同じ寮なんておかしいしな」

「でも成績はいいんだよね。まあ座学なんてあんまりこの学園じゃ関係ないけど」


 さんざん言われているが、特に争うつもりもない。


 彼らを見返せるとしたら、何らかの活躍をしてみせることだが――それに執着するよりは、自分にできることをただやるべきだろう。


「うわ、行っちゃった。言い返してくんないとイジメてるみたいじゃんね」

「違うのかよ? 俺よりいい性格してるぞお前」

「藤原きゅーん、僕ら悪気ないから許してにゃん☆」


 舐められるのは飽き飽きしているくらいなので、今さら怒ったりはしない。


「この地図に書いてある場所ですから、早めに行ってくださいね。寮監さんが待っていると思いますので」

「はい、分かりました」


 もらった地図を見ると、校舎と寮の間の距離と比べると明らかに遠い――まあこれくらいの距離なら、歩きでも特に苦にはならないが。


「えー、荷物持ちくんの寮って山の上にあんの? それって罰ゲームじゃん」


 ダメ押しみたいに聞こえてきた言葉を聞き流しつつ、俺は一般寮を出て日が暮れかけた道を歩き始めた。

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