第一部
第一話 1年D組
「――
わっ、と周囲が湧く。周りにいる少年少女たちが、壇上の生徒に歓声を送る。
「やっぱり『三大名家』は違うよな、聖騎士とかめちゃ強そうじゃん!」
「ナイト君……じゃなくて、ナイト様。ああ、照れてる顔もカッコいい……」
「みなさん静粛に。聖騎士はランクAの職業なので、日向くんは驚くような活躍をしてくれそうですね」
「期待に応えられるように、みんなと一緒に頑張ります」
いきなりのことで展開についていけない――さっきまで見ていたのは白日夢か何かだろうか。
俺はこことは違う世界では『ベック』という名で、冒険者パーティの荷物持ちをしていた。
そして志半ばで、魔物にやられて死んだ。自分に前世があるとしたらどんなだろうと考えたことはあるが、そんな終わり方はなかなか切ないものがある。
「では、次は藤原くん。
「あっ、は、はい」
クスクスと教室内に笑いが起きる――そうだ、藤原というのは俺の名前だ。
学園の高等部に入って最初の『職業判定』の時間。日向と入れ替わりで壇上に上がると、若い女性がこちらに近づいてきた。
この人は担任の先生だが、何て名前だったか。さっきの夢のせいで、どうも今は混乱している。
「あ、あの……すみません、貴女の名前は……」
一瞬の静寂――そしてドッ、と教室が湧いた。目の前の先生も笑っている。
「さっき自己紹介させてもらいましたが、私は
「は、はい。すみません、ボーッとしてて」
俺より先生の方が少し身長が低いので見上げられる感じになるが、そうすると彼女の緩めている胸元が視界に入っ――てはいけないので目をそらす。先生でこの色気はどうなのだろうか。
それよりも、この空気はとても苦手な感じだ。日向という男子が『聖騎士』で、その後の俺は一体何なのだろう、と好奇の視線が集中している。
「では、生徒カードにステータスを登録しますね」
生徒カード――ギルドカードみたいなものか。前世においてはそういう呼ばれ方をしていたが、この世界にも似たものが存在している。
いや、前世が異世界人というのはまだ確定でも何でもない。俺は藤原司、生まれてこの方日本人だ。
「……まあ……これは……」
先生が眼鏡のつるをくいっと上げる。クラスメイトの視線が俺に集中する――そして。
「藤原くんの職業は……」
「……先生? どうだったんでしょうか」
伊賀野先生が黙ってもう一回生徒カードを俺に向けてかざす。その顔がみるみる気まずそうに変わっていく。
「職業は……『荷物持ち』ですね」
なんとなく予感はしていた。さっき見ていた夢は、やはりただの夢想ではなかったのだ。
「『荷物持ち』って荷物持つのが役割なんすか? それなら俺ら自分でできるんすけどー」
声の大きな男子生徒が大袈裟な身振りとともに言うと、ふたたび教室に笑い声が起きた。
「『荷物持ち』はちゃんと国家に認定された職業なんですよ……ええと、ランクはE になりますが」
そんなに低く見られているのか――『ベック』のいた異世界と何も変わらない。わかりやすい戦闘力があるだとか、魔法の使える職業と比べたら、地味であるのは否めないが。
「あたしが『荷物持ち』お願いしてもいい? 今日の帰りからカバン持ってもらったりして」
「それってただのパシリじゃね?」
「そんなことを言っては駄目ですよ、クラスの大切な仲間なんですから」
なかなか居心地が悪いというか、すでにこのクラスにおける最下層と認定されてしまった感がある。
だが、俺にはこの学園でやらなければならないことがある。その一つが、なるべく優秀な成績を取ることだ。
俺は奨学生として試験を受けて合格したが、奨学金は返還の義務がある。三年間の学園生活で学年首席か次席の成績を取るか、自分で稼いで返すほかはない。
『荷物持ち』で成果を出すにはどうすれば――早速考えを巡らせながら、俺は窓際一番うしろにある自分の席に戻った。隣の席の女子から視線を感じるが、やはり可哀想に見えるのだろうか。まあ、我ながら悲惨な学園デビューを決めてしまったが。
「では、明日からはダンジョン実習も始まりますので、心して登校してきてください」
今やっているのは、入学初日の締めくくりとなる帰りのホームルームだった。
挨拶をして解散となったあと、他のクラスメイトに囲まれていた日向がこちらにやってくる。
「藤原くん、僕は『荷物持ち』ってとても良い職業だと思うよ」
「えー、ナイト君それってパーティに誘ってるんですか?」
「ナイト様は私たちと組むから、藤原くんは遠慮してね」
俺が返事をする前に、日向は女子たちに引っ張られて歩いていってしまった。言われたい放題だが、この歳頃の娘に怒っても仕方がない――って、彼女たちは俺と同い年で、向こうが生まれた月の方が早い可能性もある。
(そりゃ聖騎士は強いだろうけどな……荷物持ちには、荷物持ちの役割があるんだけども。パーティを組むのは難しそうだなあ)
すぐに帰る気にもならず、さっき受け取った『生徒カード』を手に取って見やる。『ステータス』という項目があるので触ってみると、データの羅列が表示された。
名前:藤原司 15歳 男
学籍番号 013942
職業:荷物持ち ランクE
レベル:3
生命力:30/30 魔力:10/10
筋力:15(F)
精神:15(F)
知力:10(F)
敏捷:15(F)
幸運: 5(F)
(前世でも数値で能力値が分かったけど、だいぶ下がってるな)
この数値が低いのか高いのか分からないが、たぶん高くはないだろう。他の人のステータスを教えてもらってショックを受けそうだ――そこまで極端に低いとは思いたくないが。
(運が悪いってちょっと嫌だな……まあ狙って上げられるもんでもないだろうから……ん?)
スキル:!
生徒カードのスキル欄には、スキルの記載はないのだが、『!』という記号が表示されている。
「……なんだ?」
触ってみたら何か起こるんだろうか。教室に残っている生徒はこちらを気にしていないようだが、念のため見られないようにして触ってみる。
不明スキル:△▽←↓ ×◯α□
表示に異常が起きている――のだろうか。
しかし俺には、この記号の羅列の意味が読み取れる。これは『固定』『圧縮』と書いてあるのだ。
(異世界の言語……こんなだったか? 生徒カードで俺のスキルの存在は感知できても、詳細が分からなくてバグってる……とか?)
『固定』『圧縮』という言葉が意味するものについて考えているうちに、俺は転生する前に、女神とおぼしき人物と話したことを思い出していた。
『荷物の所持数を増やしたい……いえ、所持限界をなくしたい、ですか?』
『私はあなたの希望を受理しましたが、それがどのような形かは分からないんです』
俺は前世で務めていた『荷物持ち』を、転生しても極めたいと思っていた。
その希望を叶えるのが、この二つのスキルだとしたら――考えているうちに、気分が高揚してきている自分がいた。
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