A Fireworks for One

「都築先輩、やっぱりここにいたんですね」


 その声に振り返ると、後輩の筒井灯里が自分に笑いかけていた。手には空のバケツが握られており、バケツからは手持ち花火セットの華やかなパッケージが覗いている。

 僕は咥えていた煙草を指でつまみながら返事をした。


「あぁ、灯里ちゃんお疲れ。ごめん、今火消すね」

「いえいえ、私煙草の匂い気にしませんから。隣、失礼しますね」


 灯里はバケツを置くと、重ねて置いてある丸イスを一つ取り腰かけた。


「こんなところに来るなんて意外だね」

「都築先輩が見当たらなかったので、きっと喫煙所だろうと思って来ちゃいました」


 後輩から「喫煙所にいそうな男」と思われているのは、先輩としてどうなのだろうか。

 僕は苦笑いしながら、灰皿に煙草を落とした。


「まあ、僕は皆とワイワイするのがあんまり得意じゃなくてね。灯里ちゃんはそういうの好きそうなイメージあったけどなあ」

「そうですか?嫌いじゃないですけど、ちょっと今回ばかりは盛り上がりすぎて着いていけませんでした」

「まあこの飲み会を楽しみに合宿来てる人もいるからねえ、そりゃ盛り上がるよ」


 離れの棟から、どっと笑い声が聞こえた。

 きっと皆、合宿最後の夜を楽しんでいるのだろう。僕は下戸だし、ノリがいい方でもないから、こうして一人夜風に当たっていたのだ。


「それにしても灯里ちゃん、その花火は?誰かとやるの?」


 ふと疑問を口にする。

 サークルの決めた予定では、花火なんてなかったはずだ。そんな伝統もないし、そもそも参加人数分の花火を用意するのは手間も金もかかる。だから彼女が花火を持っていた時、不思議に思ったのだ。


「もちろん、先輩とするためですよ。今開けますね」


 そう言うや否や、彼女は花火のパッケージを開け始めた。

 灯里は少しそういうところがある。ちゃっかりしているというか、茶目っ気があるというか。こういう性格だと、世渡りも楽なんだろうなあ、と僕は思った。


 灯里はバケツに隠れていたロウソク入りのブリキ缶を置くと、バケツに水を汲んできた。それからテキパキと花火の仕分けを済ませると、僕にその半分を手渡した。彼女はどこかウキウキしていた。やはり夏の夜の花火は風情がある。僕も少しずつ高揚してきた。


「それじゃあ先輩。火、頂けますか?」

「なんだ、そのために僕のところまで来たのか」

「だって、わざわざ合宿にライター持ってくるのなんて先輩しかいないんですもん」


 ニコニコと彼女が答える。やはりちゃっかりしている。

 僕はジッポーを取り出すと、彼女の用意したロウソクに火をつけた。


「それじゃあ、お先にどうぞ、先輩」

「じゃあ、一番槍といきますか」


 僕は吹き出し花火を手に取ると、先端の薄紙をちぎり、ロウソクから火を移した。

 火薬の爆ぜる音とともに、色鮮やかな火花が散る。赤。緑。黄色。そして……、消える。黒くしおれた火薬をバケツに突っ込むと、ジュッと熱の冷める音が鳴った。


 やはり花火はいい。刹那的な輝きがもの悲しくて、僕の性に合う。一時が綺麗なら、その後が悲しくてもいい人生だったと思えるんじゃないか。そんな人生観めいたことすら考えてしまう。


「やっぱり花火っていいですね」灯里が呟く。

「そうだね、本当に。ロウソクが尽きる前にどんどんやろうか」

「はい、先輩」


 花火に火を点けては、その輝きを楽しむ。

 言ってしまえばその繰り返しだが、なかなか飽きないのが面白いところだ。

 僕は花火に照らされた灯里を見ていた。




 ――おととしの夜も、こんな感じだったな。




「そういえば先輩の眼鏡姿、初めて見ました」


 灯里の声で、現実に引き戻される。


「ん?ああ、普段はコンタクトだからね。眼鏡の方が楽なんだけど」

「あ、そうなんですね。裸眼かと思ってました。私もコンタクトにしようかな~」

「でも、コンタクト屋の機械めちゃめちゃ怖いから気をつけてね。目に空気吹きかけられるから」

「え~怖い!絶対嫌なんですけど~!」


 彼女の顔がちらつく。赤に。緑に。黄色に。

 そして……、灯里が消えた花火をバケツに捨て、別の花火に火をつける。




 ――今も元気にしているだろうか。




「というか先輩、ヒゲ伸びてますよ。剃れてないんですか?」


 花火に照らされた灯里が、僕の顔を覗き込んで言う。


「ああ……、そうだね。カミソリ忘れちゃって」

「あー、男の人ってそういうのも必需品ですもんね。私も荷物多かったんで分かります」

「まあ花火持ってきてるくらいだしね」

「本当ですよ!バケツもわざわざ折りたためるのを買ってきたんですから~」


 最後の吹き出し花火が燃え尽きた。

 灯里は線香花火を僕に手渡すと、線香花火を咥えるようなジェスチャーをして言った。


「さあ先輩、火を貸してくれたまえ」

「どこで覚えたんだ、そんなの」

「へへ、これがやりたくって色々用意したんですよ」


 まったく、かわいい奴め。

 僕はジッポーの蓋を開けると、手で火を覆いながら花火へと近づけた。




 ――麻衣先輩の煙草にも、こうして火を点けたっけな。




「……先輩?何か考え事ですか?」


 気が付くと、灯里が不思議な顔で僕を見つめていた。

 どうやら火を点ける姿勢のままボーっとしていたようだ。


「ああ、悪い。僕が一年の時の合宿を思い出しててさ」

「え~!何それ!聞かせてくださいよ~!」


 思いのほか、灯里の食いつきがいい。

 やはり昔の合宿は気になるものなのだろうか。

 僕は線香花火に火を点けながら答えた。


「まあ、今と大して変わらないよ。みんなでこの民宿とって、観光したりゲームしたりして、最終日前夜には宴会。僕はその頃からそういう席が苦手だったから、一人でこっそり抜け出してたんだ」

「そうだったんですね。当時から喫煙所に?」

「うん。まあ当時は未成年だったから吸わなかったけど、喫煙者の先輩が可愛がってくれてさ」

「あ、喫煙者の方いたんですね!どんな方だったんですか?」

「麻衣先輩っていう女の先輩でね、一匹狼だったけどすごく優しかったんだ。僕が今吸ってるのも、麻衣先輩の銘柄」


 ジブジブとくすぶっていた線香花火が落ちる。


「そう、なんですね」

「うん。すごく個性的というか、不思議な人でね。いつの間にか仲良くなって、いつの間にかいなくなってて……。いつの間にか、好きになってた」

「――それは、甘酸っぱいですね」

「うん。一昨年はここで、麻衣先輩と二人で話してたなあって思い出してた。僕が吸えない代わりに、麻衣先輩のライターで煙草に火点けさせてもらってた。懐かしいなあ」


 ロウソクは燃え尽き、溶けたロウがブリキ缶に広がっていた。


「あ、火消えちゃったね。どうしようか」

「ああ……花火ももうないんで、お開きにしましょうか」

「そうか、そうだね。片付けよう」


 灯里は残った花火をバケツに突っ込んだ。

 少しだけ残っていた線香花火は、みるみるうちにしおれていった。




「――先輩。私、彼氏ができたんです」


 帰り道、立ち止まった灯里が口を開く。


「本当は好きな人がいたんですけど、きっとその人には振り向いてもらえないからと思って、OKしちゃったんです」

「束縛の激しい人でした。男友達の連絡先は消せ、遊びに行く時は必ず連絡しろ、このサークルも抜けろって言われました」


 彼女の顔は見えない。月明かりの中、僕に背を向けている。


「そんな中、夏合宿の時期になりました。彼は猛反発しましたが、これが最後の機会だと思って無理に来ちゃいました」

「それに、私の好きな人も、私に彼氏ができたと知ったら振り向いてくれるかなって思ったんです。その人も、今年で最後の合宿だったから」




 彼女が振り返る。月光が、頬を伝う涙に反射している。




「でも、ダメでした。先輩は私のことなんか眼中になくて、二人だけの思い出も、先に取られちゃってました」

「でも、もういいんです。私が好きなのは、そうやって遠くを見ている先輩だから」


 最後に、振り絞るような声色で、彼女は言った。




「それじゃあ、さようなら、先輩。どうかお元気で」




 そう言うと、灯里はゴミを抱えたまま宿へ戻っていった。




 ポケットに手を入れると、煙草の空き箱の感触がした。

 虫時雨が、僕の耳を通り抜けていた。






『A Fireworks for One/あなたへの花火』

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