最終話

編集部

男の社内携帯が鳴る。

相手は急死した漫画家の娘。

男の顔から冷や汗が流れる。

やや張り付いた笑顔のままトイレに向かう男。






男子トイレ個室

男、便座の蓋に座る。

振るえる指で通話ボタンを押す。


「……もしもし。」

「お仕事中にすみませんねぇー。」


優しく落ち着いた年配女性の声がする。


「あの、」

「あぁ、ごめんなさいね。私(わたくし)、妻でございます。」

「……お久し振りです。その後、お身体の具合は如何ですか?」

「車椅子生活にも大分慣れましたわ。お心遣いどうもありがとう。」

「……あのぉ。」

「本当はお手紙書こうと思ったんだけど、直接お礼を言いたくて……。」

「?」

「伺えなくて申し訳ないのだけど……。」

「いえいえ。」

「処分、大変だったでしょ?」

「えっ!?」

「娘からヘソクリだって頂いた時、ピンと来ました。」

「……すみませんでした。」

「謝るのは私の方です。ごめんなさい。」

「そんな……。」

「こちらにはね、そう言った類の物は全く無かったの。」

「そうでしたか……。」

「きっと、私の身体が不自由だからよね。」

「それは違う、と思います。」

「ありがとう。でも嬉しさもあるのよ?」

「え?」

「最期まで元気だったんだなって。」

「……。」

「ありがとう。ヘソクリはお返ししたいわ。」

「先生のヘソクリですから、奥様が貰ってください。」


妻の咽び泣く声が聞こえる。

男、静かに寄り添う。


「……何か、お礼をしたいわ。」

「……。」

「あの色紙は貴方の?」

「僕と仲間達です。」

「そう。」

「仲間達も先生のファンなんです。」

「きっと夫も喜んでます。やっぱり、何か出来る事は無いかしら?」

「……じゃあ、」


男、何かを一通り話す。


電話を切る男。

清々しい笑顔。









管理室

男と管理人が居る。


男 

「すみません。またお借りしちゃって。」

管理人

「いえいえ。一連托生ですから。」


遅れて①と②が入って来る。


① 

「どうしたんだよ?」

「気付かれた?」

男 

「バレバレだった。奥さんに。」


男、大きい茶封筒を机の真ん中に置く。


男 

「これ、奥さんから。」


恐る恐る中身を取り出す三人。

遺作のラフ画が出てくる。


管理人

「これって……。」

男 

「本当は僕だけの特権にしておきたかったんですけどね。」

「良いのか? 読んじゃって。」

男 

「色紙のお礼だって。」

「やっぱ、奥さんって凄いのな。」


順番に読み合う三人。

笑いのツボが各々で違う。

子供の様に笑い合う四人。



(終わり)

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終活 @yuzu_dora

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