第28話 好きなところの話

 「さあさあ、雪被る前に入って入って。」


 ひなの父である拓磨たくまさんに促されるように俺は桜田家にお邪魔する。


 「電気つけて雛。」


 暗闇でそう聞こえてから数秒後に部屋の灯りが付く。俺が通された部屋の全貌が明らかになる。


 木で作られた長い机に椅子が4つ、6つ付いている。それが4、いや5個ある。そしてカウンターとその奥に冷蔵庫らしきモノやIH、フライパンが見える。あそこは厨房だろう。

 

 店全体は木造でチェーン店というより近所の古民家を改造しましたみたいな風貌で、壁にかけてある絵画は色褪せていたり、床や天井にはシミが着いていた。父が若い頃から経営していたというのも納得できる。

 

 そして父が何度も通っていたというのも納得できる。古びた内装がむしろ親しみやすいというか、まるで実家ような安心感を与えてくれる。

 

 俺が辺りを見回していると、拓磨たくまさんの声が聞こえてきた。


 「さぁ、座ってよ。」

 

 俺は突然のことに驚き声の方を向くと、いつのまにか拓磨たくまさんは厨房に入っていた。厨房から招くようにカウンターの席を指差す拓磨たくまさんは、外出用の服を着ているのに様になっていた。


 なんか、フィット感凄いな。


 「…っす。」


 俺が席に着くと、拓磨たくまさんはメニュー表を渡してきた。俺はそれを受け取る。

 

 メニュー表には主に唐揚げ定食やトンカツ定食などの定食系が載っていた。裏にはソフトドリンクやサラダなどのサイドメニュー。

 

 「好きなのいいよ。」

 「えっと…」


 決められない。

 お昼は食べられなかったし、かろうじてたい焼きは食べたものの足りるわけがなく、腹が減って仕方ない。メニュー表に載った料理が全てに腹の音が反応してしまう。

 

 結構悩んで、


 「んー…決めたっ!唐揚げ定食お願いします。」

 「はいよ。あ、お金はいいからね。」

 「マジですか!?」

 「うん。だって僕が食べてもらいたいって連れてきたのに。それに娘の彼氏に金出せよなんて言いにくいしね。」

 「ありがとうございマッ──!イッテ!!」

 「だ、大丈夫かい!?」


 嬉しさのあまり、お辞儀に勢いつけすぎて頭打った…カウンターなの忘れてた…

      ──閑話休題──


 「はい唐揚げ定食。熱いうちに食べちゃってよ。」

 「ざっす…いただきまーす。」


 空腹が限界点まで来ていた俺は、目の前に唐揚げ定食を出されるや否やすぐにかぶりつく─


 うめぇぇぇぇ!!!!


 揚げたての衣がサクサクで噛むたびに食感にアクセントを加えてくれるし、噛むたびに肉汁が溢れてくる。


 あまりの美味しさに夢中で食べていると、ふと視線が気になり、唐揚げを咥えたまま拓磨たくまさんの方に目線だけ動かす。


 拓磨たくまさんは確かにこっちを見ていたが、ただ目ん玉がその位置で動いていない様な、意識ここにあらずみたいに、虚な目をしていた。


 「…なにか考え事ですか?」


 俺が声をかけると拓磨たくまさんの目に光が戻る。


 「……あ、いやなんでもないよ。年末が忙しくてそれのせいかもね。」

 

 拓磨たくまさんはそう言うとたはは、と苦笑いを浮かべる。今まで気づくかなかったが、彼の目元には濃いクマがくっきりと表れていた。


 「大変ですね飲食店は」

 

 「掻き入れ時だし、近所の人達にとってここに集まってみんなで年を越すってのが僕の父の代から習慣になっちゃってるからね。…ところでひなはどこに行ったか知らない?」

 

 拓磨たくまさんに言われて、気づく。確かにこの部屋の灯りを着けた以来見ていない。周囲を見回してみても当然見当たらない。


 「んー、部屋に戻ったのかな。」

 「部屋?」

 「あの扉抜けると階段あって、2階で僕らは生活してるんだよ。」

 

 琢磨たくまさんが指さす方向を見ると確かに不自然な扉があり、少し開いていた。言った通り、2階の部屋にいるのだろう。


 「ひないないようだしさ、ちょっと質問いいかな?」


 改まった、という程改まってはないが、態度で拓磨たくまさんは言う。


 (何聞く気だ?)

 

 俺は突然の事に身構えてしまう。


 「いいですけど…」

 「じゃあ遠慮なく。」

 

 すると拓磨たくまさんは悪戯な笑顔を浮かべる。


 「ひなのどこが好きなの?」


 答え辛ェよ!!!!何いきなりぶっ込んできてんだよ!!

 とは流石に口にはだせず。

 

 「き、急に聞きますかねそんなこと。」

 「だから質問するって言ったじゃん。しようよ恋バナ〜!おじさんも気になる気になる」


 先ほどは正気を失っていた瞳を今度は満開に輝かせ、ずいずいと顔を近づけてくる。


 「答えないと金とるよ。」

 「んな殺生な」


 食い物を人質にとるなんて卑怯だぞ!

 とも流石に口に出せず。これも飲み込む。


 仕方なく、仮彼氏としてひなさんの好きな所について考える。


 こんなのすぐ出るだ、ろ…?


 出てこない。全く思い当たらない。

 勿論ひなさんが嫌いなわけじゃない。顔は絶世の美少女クラスで、性格もこんな俺なんかと罰ゲームでも付き合ってくれて、灰色の俺に色をつけてくれた。他にも食いしん坊な所とか、読めないところとか、猫被ってるところとか、思い当たる場所はあるはずなのにどれも好きとは少しズレている。


 考えたことも無かった。ひなさんの何が好きなんて。しかし引っかかるところは必ずある。


 考えあぐねていると、拓磨たくまさんの声が聞こえる。


 「んー、そんなに言いたくない?まぁ、恥ずかしいよね彼女の父に言うなんて。さあ、冷めないうちに食べちゃって。」


 スポンジをこちらに見せながら気丈に振る舞う拓磨たくまさんだったが、その表情は少し残念そうに感じる。


 あぁ…ごめんなさい!恋バナできなくて!!

      ──閑話休題──


 「ごちそうさまでした!美味かったですありがとうございます!」


 「そう言ってくれると作った甲斐があるね。お皿とか回収するね。」


 拓磨たくまさんは慣れた手つきで皿や茶碗を重ね、洗い場に持っていく。しかしそこで手が止まった。


 「ミスったね、この服じゃ洗い辛いや。」


 そう言って苦笑いを浮かべながら、何度も袖をまくるがすぐ落ちてしまっていた。


 「ごめんね服着替えてくるよ。ついでにひなも呼んでくるよ。…ひなー!僕の代わりに皿洗って欲しいんだけどー!」


 拓磨たくまさんが厨房奥の扉を開けて呼びかけると、小さく返事が返ってきた。そしてゆっくりとしたリズムの足音が聞こえた後、扉からひなさんが顔を出す。

 

 「ひな、悪いけど皿洗ってくれないかな?この服じゃ濡れちゃうし着替えたいから。」

 「うん。」


 短い会話の後お互いが立ち位置を入れ替えるようにするりとすれ違う。その後雛ひなさんは無言で洗い場に置かれた皿を洗う。水道の音がやけにうるさく感じる。


 俺はカウンターに座りながら、ふと彼女の服装が目につく。赤の生地に白いラインの入ったジャージ姿。胸にはデカデカと慶葉中と書いてある。


 「その服家着?」


 俺が質問すると、ひなさんはチラリと横目で俺を見て、また視線を戻す。そして少し不機嫌そうな語気で答える。


 「これ、中学校のジャージ。もう下りる気なかったらヘンな格好で出てきちゃった。ごめん。」


 なぜか不機嫌そうなので俺は咄嗟にフォローを入れる。


 「全然ヘンじゃないよ!いつも着てる服はオシャレだけど、家着になってるおかげかいつもより親近感沸くっていうか新しい一面見れて嬉しいって言うか…ヒッ!」


 洗い物をしている手を止めて、こちらを殺気の満ちた眼光で睨みつけてくるひな。俺は恐怖で喉に声が引っかかってしまった。


 (なんで?褒めてるのに…?)

      ──閑話休題──


 そんな、噛み合わない凸凹な会話を続けたり続けなかったりしているうちにかなり時間が経った。


 ふと、独り言をこぼすようにひなさんが呟く。


 「パパ遅いね…」

 「…確かにね。」


 ひなさんの言葉で俺も気づく。服を着替えるだけと言って2階に上がったが、流石に遅すぎる。


 冬のせいだろうか、背筋をほんのりと冷気がなぞる。

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ベタな恋愛物語 はっこつ @hakkotsu

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