第26話 初詣の話

 小柄な体格に艶やかな黒髪。氷のように儚い雰囲気を纏う彼女のことは顔を見なくても分かる。


 「───雛さんッ!?」


 母の背中から完全に顔を出したひなさんは、俯いたままモジモジとしている。恥ずかしいというより気まずいが正しいだろう。


 「ひ、久しぶり…」

 「う、うん…久しぶり…」


 俺らはぎこちなく挨拶を交わす。

 しかし、家族はそんな俺たちのことを気に留めることなく、見知らぬ男と歓談している。


 背丈は俺と同じくらい、ちょっと高いか。175くらいかな…見た目からして年齢も父さんと同じくらいか…一体誰なんだ?


 ついじっくり見てしまっていると、おじさんはこちらの視線に気づく。俺と目が合うと、おじさんは顔をくしゃくしゃにした笑みを浮かべる。その笑顔を見た瞬間俺の脳内に電流が走る。

 

 年相応のしわが笑顔によってより深く目立つ。しかしその笑顔はまるで開花した花のようにも思えてしまう。この笑顔は見覚えがある…


 「君が広山さんのお子さんかい?僕の名前は桜田拓磨さくらだたくまひながいつもお世話になってるよ。」


 やっぱりひなさんのお父さんだった。 俺もすかさず挨拶をかえす。


 「大也ひろやです。はじめまして」


 拓磨たくまさんは父とは昔からの仲と言っていたがどういう繋がりなのだろうか。

 

 「あの、父とはどういう…」

 「父さんと桜田さんはな…」


 言い終わらぬうちに父が俺の質問の意図を理解し、言葉を被せるように答えてきた。

 

 「短くいうと客と店員の関係だ。桜田さんはこの近くに"食事処桜"って店構えてて、俺が若い頃によくお世話になったんだよ。愚痴とかたくさん聞いてもらって今でも頭が上がんねー人だよ。」


 父は拓磨たくまさんと肩を組みながら少し恥ずかしそうに後頭部をかく。拓磨たくまさんも冗談めかして返す。


 「僕の方も広山さんが来てくれてなきゃ店やってないかもしれないですから。なんなら今も広山さんが来てくれないからお金が〜」

 「そんなまたまた〜地元の人々がいるでしょう。」


 いい年した大人2人がまるで少年のように笑いながら冗談を言い合う姿を見て、本当に仲がいいのだと俺は思った。


 「しっかしまさか桜田さんの娘さんが大也ひろやと付き合ってるなんて。母さんから話聞いた時まさかとは思ったけどそのまさかだとは。」

 「その節はどうもご飯もいただいたみたいで、ご迷惑をおかけしませんでしたか?」


  拓磨たくまさんは父と肩を組みながら母に深々と礼をする。飲食店をやっているからなのか、言葉の節々や動作から品性や礼儀正しさを感じる。


 本当に父と相性いいのだろうか…

 

 肩を組みながらガハハと笑う品性のかけらもない父と見比べて俺はそう疑問に思ってしまった。


 「そんな、顔をあげてくださいよ。迷惑なんてそんな。礼儀正しくてとってもいい子でしたよ。」


 頭を下げた拓磨たくまさんに慌てて母は返答する。それに姉も続く、


 「あの日の晩御飯が1番美味しいくらいにはかわいくていい子でした。」


 父も続く、


 「そうですよ桜田さん。こんな可愛い子がうちにきてくれる方が逆に嬉しいくらいですから。」


 「そういうわけには、何か礼を…」


 しばらく食い下がった拓磨たくまさんだったが、最終的に「そういう訳なら」と我が家の団結力の前に折れてしまった。

       ──閑話休題──


 拓磨たくまさんと父の会話は、積もる話もあるのだろうか、予想以上に盛り上がった。 俺はその間、意識の矢印をひなさんに向けないように、少しだけ力を込めて2人の会話に意識を向け続けた。


 すると、会話の中で父が突然


 「──やっぱりひなさんみたいな子にお義父さんなんて言われたら嬉しいよ。」


 会話の脈絡から逸脱した、あまりにも唐突な発言に俺は驚きで数秒固まってしまった。その間に母がこの話に拍車をかける。


母 「気が早いわよ。でも呼ばれたいわね。」

 さらに姉が話を加速させる

俺 「ちょっ…」

姉 「私はもうした仲だからほぼ姉妹。もう妻に来てもいい、むしろきて欲しい。」

俺 「変な…」

拓 「このような話をあまりするのは不躾ですが、楽しいものですね。」

俺 「ナ…」

父 「そうしたら我々は邪魔になりますね。大也ひろや達も俺らがいたら邪魔だろうしな。」

俺 「…」


 つけ入る隙のない、ヒートアップしてしまった会話。あれよあれよと言う間に話は進み──


 「──じゃあ俺らはどっか行くからなー!!」

 「ひなもあまり迷惑かけないようにねーー!」

 「「…」」



 取り残された俺とひなさんは小さくなっていく家族と拓磨たくまさんの背中を無言で見送る。

 

 き、気まずい…


 今まで向かぬように頑張っていた意識の矢印が、2人きりだと強制的にひなさんに向いてしまう。何か気を紛らわすものを探すべく俺は少々重い口を開く。


 「──えと…と、とりあえず屋台行く?」

 

 俺は鳥居の外にずらりと並んでいる屋台を指さす。ひなさんは屋台の食べ物が好きらしいし、我ながらいい案だと思う。

 俺は恐る恐る振り向き、ひなさんの表情を確認する。

 ゆっくり、ゆっくり振り向く。ひなさんはどんな表情をしているのだろう。

 

 この様な状況になったのは、大部分は家族のせいだが元はと言えば、俺がひなさんとは別れたと伝えていればこんな事にはならなかったはずだ。


 (振り向きざまにビンタとかされても文句言えないもんな…てかビンタしてくれ!そっちの方が気持ち的に楽だ!!!さぁ、こい──)

 

「…」


 真顔!凄い真顔だ!!

 ひなさんは眉ひとつすら動かさない真顔だった。

       ──閑話休題──

 

 俺は片手にたい焼きを、ひなさんは片手にたこ焼きを持ち、ベンチに腰を下ろす。


 なんやかんや屋台に連れ出す事に成功した。

 

 屋台に向かう道中、終始いつもの仏頂面で全く感情が読めなかった。しかし今はたこ焼きを美味しそうに食べているのでこの提案に彼女は好意的と受け取っていいのだろう。


 彼女の表情を確認し終えた俺は、たい焼きを頭から食べる。俺は頭派だ。


 いつのまにか雪が降り始めていた。「あ、雪だ」なんて事も言うことなく、俺らは無言のままお互いが手に持っている物を食べ続ける。しんしんと静かに降る雪はまるで俺達の事を表しているみたいだ。


 すると、一粒の結晶が俺の目の前でゆっくりと落下する。そして、持っていたたい焼きに着地して溶けてしまった。

 不意に、真隣で声が聞こえる。


 「ねぇ、君はさ私のことどう思ってるの?」


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