第23話 雛の話Ⅱ


 (彼はこんな私と付き合ってて嬉しいのかな…)


 不意に浮かんだ疑問が次第に心を蝕み飲み込んでいく。見慣れた車窓からの景色がグラグラと揺れ、建物が崩れていく。


 彼のイメージしている桜田雛さくらだひなと、付き合ってから私が見せていた私は全く違う。


 愛想もなく仏頂面で、言葉も態度も冷たい。彼のイメージしていたであろう私とは全く違う人物。


 誰にもバレたくなかった。バレないようにしていた私の素顔。もしバレたらまた嫌われてしまう…

 

 もちろん千夏ちなつ伊織いおりはそれでも私を嫌うことはなかった。

 

 中学の頃、私が化けの皮を被ってるって見抜いてきたから、2人に真相を話した。2人はめっちゃめっちゃ優しいからこんな私でも変わらず友達でいてくれた。


 でも私はまだ隠している事があって、全てを曝け出すのはやっぱ怖い。トラウマが私の口を固く閉ざす。


 私の小学校時代を知っているから同情で仲良くしてくれてる2人とは違って、彼は何も知らない…


 本当は見せるつもりなかった。

 でも初めてのデートの日は頭が本当に痛くて、イライラしてた。いつもの化けの皮を被る元気すらなくて、これでいいやって妥協して素顔を見せてしまった。


 それでもこの前、彼は桜田雛さくらだひなではなく、私を選んだ。話も続かなくて、笑顔も見せなくて、絶対につまらないはずなのにだ。


 こんな私でも良いと言ってくれたが、もしこれが彼の優しさからきた言葉で、嘘だったら…私を傷つけないためだとしたら…


 今まで感じていた背の十字架が共鳴して重く重くのしかかる。


 私は、彼の初めてのデートを奪った存在…こんな誰にも好かれない私が、彼のときめきを踏み躙った…


 立っていられない。罪の重さに耐えられず押しつぶされてしまいそうだ──


 一度、彼の言葉を嘘だと思った瞬間から私の中の負い目が、罪業としてより重くなる。


 車窓からの景色は荒廃と化す。急に呼吸が早くなる。蝕まれた思考が視界を狭窄させ、至った考えが心の古傷を抉る。


 彼は本当に優しいから私を傷つけない嘘を…可能性は捨てきれない…もしそうなら…


 私はまた───


 「──ち、ちょっと、どけてくれませんか?」

 

 不意に後ろから声をかけられ、咄嗟に体を壁に寄せる。


 声をかけてきた男性は、できた隙間を急ぐようにすり抜けていった。


 (そういえば私電車乗ってたんだ──今何駅!?)


 段々と自分が今何しているのかを思い出す。ことの重大さに気づいた私は人混みの隙間を縫うように駅看板を探す。


 (今は…もう降りなきゃ!!!!)

 「降ります!降ります!」


 人混みを掻き分け、なんとか満員電車から抜け出した私は人の波に呑まれて、乗せられるようにホームを降りる。


 慣れた道のり。また考え事をしてしまう。


 彼が私をどう思ってるのか、真意は分からないけど、私自身が好かれることがないのはもう嫌な程知ってる。

 もし彼が私に嘘をついているのなら、私は彼にずっっっと酷いことをし続けてる。


 初めてを踏み躙り、幻想を壊し、つまらない好かれもしない私の素顔を見せ続けた。そして嘘をずっとつかせている。


 これはもう誤りや間違いなんかじゃない、罪そのもの──


 罪人にいつまでも優しくしてくれる人なんて存在しない。ましてや私なんかに…


 誰かに嫌われるのはもう嫌だ…また私を否定されるのは嫌…


 挽回しなきゃ…彼の思い描いている私を演じて、仮面の私を見てもらわなきゃ──幻想の桜田雛さくらだひなを見せて好きになってもらわなきゃ!!────


──────

───


 「お待たせ〜待ったかな…? ごめんね少し混んでて。」


 「あ、いや、全然…」


 俺は照れながら歯切れ悪い返しをする。


 照れたように小さく笑うひなさん。声色、仕草、雰囲気、彼女を構成する何もかもがいつもとは違う。


 いつものデートならこんな顔はしないし、こんなことは言わない。

 彼氏ヅラをしたいわけじゃないが、1ヶ月以上一緒にいたからなんとなくわかる。


 (これは、学校の時のひなさんだ!)


 「──んと、じゃあいこっか!」


 まるで天使の様な柔らかい笑顔を見せ、手を出すひなさん。


 (なにかあったんだろうか…)


 ここまで考えて、やめた。


 彼女の普段は見せない素顔を知って、俺は心のどこかでなんとなく特別扱いされてる感じがしてたんだと思う。


 でも違う。彼女にとっての俺は結局は罰ゲームで告白しただけの相手。彼女にとって俺はただのクラスメイトに過ぎない。なら見せる顔も同じだろう。


 彼女が悩んでいるかも、なんてアホみたいな妄想をして、詮索しようだなんて俺の思い上がりだ…


 俺は一言もかけることなく頷き、差し出された彼女の手にそっと自分の手を乗せた。


─────────────────────


最後まで読んでくださったありがとうございます。高評価よろしくお願いします。


悪癖、出てる…じゃぶじゃぶしてる

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