第22話 雛の話I
『お前にそれだけの価値はない…』
誰に言われたんだっけ…言われた人も、言われた時も全然思い出せない…そのくせしてずっと頭でこの言葉が誰かの声で再生される…
みんなの思い描く
みんなが欲してるのは私であって私じゃない…私自身は求められてない。
だから決めたの。仮面を被って生きると。誰にも素顔を見せることはなく生きると。理想のまま…
誰か──
「──ゔゔぁ」
乙女らしからぬ、獣の唸り声のような声を上げて目を覚ます。
ほぼ自動的にスマホに手を伸ばす。アラームで揺れるスマホを、眠い目を擦りながら見る。時刻は7時23分。起きなきゃ…
まだ寝ていたいと駄々をこねる体を無理矢理起こす。
(頭痛い…)
寝起きだからだろうか、それとも風邪だろうか。
ぼんやりする頭に手を当てると、先ほどの夢をほんの少し思い出す。完全にではなく、なんとなくぼんやりと。
(嫌な夢…)
頭痛の原因はこれだ。風邪から来たものじゃないと理解して胸を撫で下ろす。
今日は出掛ける予定がある。風邪が出たからドタキャンなんて流石にしたくない。
未だに駄々をこねる体に鞭を打ちノロノロと部屋から出て、洗面台へ向かう──
「──ブッス…」
寝起きのせいでたるんだ目、むくんだ顔、ボサボサの髪。洗面台の鏡に映った自分に向けて吐き捨てる。
もちろん元の顔面偏差値は高い。今の状態でいてもメイクしたブスには勝てる自信はある。だって私可愛いし。
洗顔剤で顔を洗い、髪を濡らし…ルーティン化された動作で私は朝の準備を終わらせる─
私はメイクと髪のセットを終わらせ、再び自分の部屋に戻る。
締め切っていたカーテンを弱々しく開け、小さく伸びをする。そしてクローゼットを開ける。今日来ていく服を選ぶのだ。
いつもは、何着かこれ着たいなって思う服を選んで、それに合う下を選ぶ。そして何個かセットができると、部屋のドア付近にある姿見鏡で試着しながら最終選抜をする─
─のだが、今日は別に気合い入れる必要もないので、適当に1セットだけクローゼットから引き出し、それを雑に着る。
何度も言うが私は可愛いから割と変な服でもまともに見える。
(おかしいところはないかな?)
着替えた私は姿見鏡の前で体をひねらせながら、服がめくれてないか確認する。…よし、問題はなし。
再び正面を向いた私は、わざとらしく鏡に向かって笑顔を作る。
今日はメイクのノリがいい。
鏡に映る私はまるで恋愛漫画のヒロインのような可愛さをしている。純真無垢で、一度触れてしまえば崩れていくような儚さ。
「…」
自分でやっといて胸が何かに刺されたような痛みに襲われる。しかし鏡の中の私は笑顔を崩さない。張り付いたわざとらしい表情。
私は大きなため息をひとつつく。とりあえず朝の準備は終わった。
ノロノロと部屋を出ると、部屋のすぐそばにある階段から父が鈍臭い足音とともに降りてくる。
「どっか行くのか?」
「遊び行くって言ったじゃん昨日。」
「そうだっけ…?、とりあえず気をつけて行ってこいよ。」
「分かってるよ。」
「…今日は何曜日だっけ…?」
「…」
分かってるくせに。
──閑話休題──
家を出て、最寄駅へ向かう。
ただ歩くだけではつまらないので、好きな曲を聞こうとワイヤレスイヤホンをする。
最初に聞くのはいつも同じ曲。私が小さい頃から大好きな曲。この曲を聞くと、いつも昔のことを思い出す。特に母のことを──
私の母はとても綺麗な人だった。それでいてとても優しくて、多くの人に愛されて、まるで童話に出てくるプリンセスのようだった。死ぬ間際の病室や葬式には多くの人が参加して、とても泣いていた。そんな母が大好きだった。
しかし小さい頃の私は周りから好かれる人間じゃなかった。学校では陰口を言われたり、いじりや揶揄いと称した軽いいじめなんてザラだった。
私が嫌われてた理由の大方は私の容姿なのだろう。嫉妬の表れだ。
だから学校で頼る存在のいない私にとって、私の全てを受け入れてくれる母は心の拠り所だった。母がいてくれれば後は何もいらない、当時はそう思っていた。
でも私から足場を奪うように母は他界した。病室で息を引き取るその瞬間まで母は綺麗だった。
それからのことはあまり思い出したくもない。店の手伝いだけでなく家事もやっていた母が抜けたことで、父と私だけでそれを補わなければいけなかった。
それだけでなく、孤立した学校生活は、唯一私が私を保てていた理由の母を失ったことにより一層辛くなった。真に独りになって怖くて怖くてたまらなかった。
それまでは涼しい顔をしてやり過ごせていたいじめも仲間外れも、不安定な足場でよろける私の心をどんどん突き落とそうとしてくる。
学校に行きたくない、私自身が嫌い。学校をやめたいと父に泣いて懇願したこともあった。
自分も店と生活で忙しいのに私が無駄な苦労をかけさせてしまった。今でも後悔している、もっと私が強ければと。
だから私は中学に上がるタイミングで、家から離れた学校へ向かうことを選んだ。
私が通っていた小学校は頭の良い所だったため、地元の子達は全員大学付属の中学校へと入学した。
もちろん私もその中学に入学していれば将来安泰だったのだが、当時は今すぐ逃げ出したかった。地元の知り合いが1人もいない場所へ、その一心だけで将来を捨て、遠い一般の中学校へ入学を決めた。
誰かに好かれたい。小学校の頃みたいな惨めな思いはしたくない。私自身が好かれないのはよく分かったから…演じろ。好かれる人間を。
中学デビュー?と言うのだろうか。とりあえず私は母のように好かれる人間を演じた。
毎日笑顔で、まるで天使のように優しく。ふわふわとしたお花のように可愛らしい所作で丁寧に。
最初は怖かった。でもすぐ周りに友達ができた。当時の私はそれが嬉しくて、学校に行くのが毎日毎日楽しみで仕方なかった。
でも時が経つに連れて段々と理解し始める。好かれているのは私自身じゃないと。みんなが好いてくれているのは、愛しているのは本当の私じゃなくて、幻の
(あ、曲が終わった…)
いつの間に…。
もう何年も聞き続けている曲だから聞き逃したのが勿体無いとかは感じないが、曲が切り替わるまで気づかないほど考え事に熱中していたのは私でも驚く。
次々と流れる流行りの音楽にノることもなく、電車に乗り、ただただ待ち合わせ場所に向かう。
見慣れた車窓からの風景。
眺めているうちにふととある思いが脳裏を突き刺す。
(彼はこんな私と付き合ってて嬉しいのかな…)
─────────────────────
最後までお読みいただきありがとうございます。少しでも良いと感じたら高評価お願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます