第20話 帰り道の話

 「ぃおりんッ!」


 出そうで出なかったもどかしいくしゃみを思いっきり出すように咄嗟に叫んでしまう。

 

 名前を叫ばれた目の前の女の子はビクッと肩を小さく震わせ、ゆっくりとこちらを振り返る。俺と伊織いおりさんは互いに目が合う。


 ひなさんの淡白な仏頂面とは違う、表情筋がストライキした、絵に描いたような無表情。しかし動揺が隠せていないのか目がぷるぷると震えている。


 脳が冷静になるにつれて、俺は段々と状況を理解していく。焦りを含んだ冷や汗がじわじわと全身の毛穴という毛穴から出てくるのが分かる。


 (やっちまったぁぁぁぁぁ!!!!)


 どうしたら正解なのか、俺は答えが分からず硬直することしか出来なかった。尚も見つめ合い続ける。

 

 向けられた視線がもはや睨まれてるようにすら感じてならない。


 それもそうだろう。全く仲良くないただのクラスメイトに、物理的にも精神的にも距離を間違えた声量と呼び方で背後から声をかけられたら、普通は動揺なんかではすまない。

 俺なら怖くて漏らしてる。


 状況の分析ができたはいいものの、肝心な解決案は浮かんでない。


俺「…」

伊「…」

千「おまたせ〜!なんか先生につかま…て…」

千「うん、どういう状況?」

       ──閑話休題──


 なんやかんや、千夏ちなつさんと合流し、約束通り3人で下校することになった。



 「いや〜てっきり2人ともお互い知ってるもんだと思ってたよ、ごめんね。」


 千夏ちなつさんは、てへぺろとでもいうかのように舌を出す。


 「一応知ってはいたけど、仲良くない。」


 伊織いおりさんの、植物のように抑揚のない落ち着いた声。一応はクラスメイトのため何度も聞いたことあるのだが、面と向かって聞くのは初めてだ。


 それはそうと、仲良くないときっぱり言われると心にくるものがある。

 確かに喋ったことないけど!もっとこう、手心というか…

      ──閑話休題──


 「…んと、じゃあ私から一応いおりんを紹介するよ。」


 しばらく雑談をした結果、俺があまりにも伊織いおりさんについて知らなさすぎたため、千夏ちなつさんが他己紹介をしてくれることになった。


 「名前…は流石に知ってるか!…こういう時って何喋るんだっけ?」

 数秒考えこむ。


 「じゃあ…いおりんの好きな食べ物はおにぎりで、趣味はフラフープ。で、誕生日は9月23日!」


 合ってるよね!と言わんばかりに千夏ちなつさんは伊織いおりさんの方に振り返る。

 伊織いおりさんも「満点」と小声で答える。


 流石親友同士。2人の一連のコミュニケーションに感心はしたが、一方で俺は気付かれないようにバツの悪い表情を浮かべる。


 理由はというと。伊織いおりさんのことを他己紹介をしてくれたのは嬉しかったが、俺が知りたかったのは伊織いおりさんの人柄とか性格であって、誕生日とかの個人データではないからである。


 するとこちらに振り返りながら、千夏ちなつさんは他己紹介を続ける。


 「まぁ、考えがちょっと狂ってて不思議通り越してる時あるけど、案外いい子でオカシイとこも面白いしさ!だからよろしくね???」


 私が言うのはおかしいかな?とでも言うように照れ隠しのような苦笑いを浮かべる。


 俺はというと、思考でも読まれたかのような発言に罪悪感と少しの危機感を感じた。アルミホイル頭に巻かなきゃ…

      ──閑話休題──


 それからしばらく雑談した後。


 「そろそろ俺家近いからあそこでおさらばかも。」


 そう言って俺は数十メートルほど先の横断歩道を指さす。俺の家は横断歩道を挟まず曲がる方が近いため、駅に向かう2人とはあそこで別れることになる。


 「そっか家この辺なんだ〜」

 「あれ?前教えてなかっ…あ〜駅まで行ったんだった。」


 蘇る数週間前の記憶。


 「じゃあ、あそこでお別れになるか〜」


 そこまで言って、突然千夏ちなつさんは力強くバチンッ!と1度手を叩く。


 突然の出来事に驚いた俺、思わず彼女の顔を見る。千夏ちなつさんは何かを思い出したような顔をしていた。次いで素早く口を動かす。


 「あぁぁぁ!!!忘れるとこだった!!」

 「な、なにを?」

 「本題だよ!!本題!!」

 「本題?」


 俺がそこまで返すと、千夏ちなつさんは一度大きく深呼吸する。そして問い詰めるようにぐいっとこちらに顔を近づける。


 「ねぇ、1ヶ月経過したけど結局どうなったの?」


 唐突、とはいえ予想はしていた質問。かと言って、可能性が低すぎるという理由で候補から即見限った選択肢のため、答えは用意していない。


 (どう答えればいいんだぁぁぁ!!!)


 そもそも千夏ちなつさんがどこまで知っていて、どこまで予想してるのか。嘘つくとして誤魔化し切れるだろうか。


 考えあぐねていると、急かすように千夏ちなつさんはぐいぃっとより近くに顔を痩せてくる。

 

 (ぐぅ、近すぎる…)


 千夏ちなつさんの長いまつ毛が当たりそうだ。

 あまりの近さに自然と鼓動が早くなる。不意打ち気味にここまで近づかれると男なら誰でもドキドキしてしまう。女子耐性の低い俺ならなおさら。


 まずい、思考に意識が集中しない。考えが上手くまとまらない。ここから逃れる嘘を上手く取り繕えない。


 崖っぷちへジリジリと追い込む様に、急かすような高圧的な目線。逃れる嘘も状況も作り出せない。


 (いっそのこと全部喋ってもいいんじゃ…)


 そして諦めた。俺はゆっくりと口を開く。


 「ま…」

 

 俺が声を出す瞬間、昨日の夜光景が、ひなさんの言葉が頭の中でぱっと浮かび上がる。


 『それとさっき言ったことまだ罰ゲームを続けること千夏ちなつとかにも内緒ね。からかわれるのやだし。』


 「どうなったって、もう別れたよ。」


 俺はあくまでひなさんからしたら罰ゲームで付き合ってる相手。本人も嫌と言ってるなら俺がすることは秘密にしておくことだけ。


 千夏ちなつさんは何かあっけに取られた表情を浮かべたまま、ゆっくりと顔を遠ざける。そして何か納得いかないのか、伊織いおりさんと目を合わせると1度首をかしげる。今度は伊織いおりさんの口が動く。


 「あれ?続行じゃないの?」

 「へ?」

 

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 最後までお読みいただきありがとうございます。少しでも良いと思ったら高評価よろしくお願いします。


 更新頻度が死んでいることは内密に…

 小玉伊織はまだ化けの皮をかぶってます。

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