第18話 契約延長の話

 「…あのさ、、、この関係、もう少し続けよう…?」


 沈黙を切り裂くひなさんの予想外の提案。

 俺は驚きと困惑のあまり、返事より先に彼女の顔を見る。目が慣れたのか暗闇の中でも彼女の顔がよく見える。


 上目遣いで、恥ずかしそうと言うよりはこちらを伺うような目線。紅潮させた頬は暗闇のせいかいつもよりも濃く見えた。怯えた小動物のような可愛さに俺は思わず息をのんでしまう。


 不意打ちの可愛さと意図が理解不能な発言、それらを処理するのに脳がキャパオーバーを起こし、かろうじて「…なんで?」と精一杯の返事を返す。


 するとひなさんは大きくため息をつくと、呆れたとでも言うかのようにじとーっとした目で俺を睨みつけてきた。


 「せっかく私が可愛くお願いしたんだからそこはノータイムでオッケーでしょ?…なに、それとも私とが嫌なわけ??」


 「いやいや、むしろ嬉しいけど理由がどうしても分からなくて。納得できないといか…で、でもひなさんと偽でもカップルになれるならこっちこそ願ったり叶ったりというか…」


 俺が未だ処理が完了していない脳から出された拙い言い訳をたどたどしく伝えると、ひなさんは何かを悩むように目を伏せると、再び大きなため息をつく。


 「はぁ─先に言っとくけど話長くておもんないとか言ったらぶっ飛ばすから!──」


 ───私の家は父と私の2人だけだ。


 小学校4年生の時に母が亡くなった。兄弟のいない私は父と2人で生活することになった。

 母と父は自営の飲食店を経営していた。父方の家族が先祖代々続けてきた店らしく、古い建物ながら地元の人に結構愛されている。今も父が母の分も負担して経営している、バイトも取らずにだ。夜遅くまで帰らないなんて結構ある。

 だから必然的に家事のほとんどを私がすることになっている。洗濯、掃除、料理、その他諸々を学業の合間にしなければならない。

 作った料理を夜遅く帰る父のために取り分けて、私は自分の分を独り黙々と食べる。慣れてしまった今は殆ど感じる事はないが、極たまに物凄く寂しくて仕方なくなる時がある───


 「─だから、今日の夜ご飯とても美味しくて楽しかったの。それに沢山褒めてくれてさ、本当にママに会ったみたいな感じで…」


 寂しげにそう語る彼女はまるで今にも溶けてしまいそうな薄氷でできた花のようだ。手を伸ばしたいのにその熱で溶かしてしまいそうで、それが恐ろしくなる。

 しかしそれと同時にどこか嬉しいと感じる気持ちもあった。

 普段自分のことおろか好物すら語らない彼女が仕方ないとはいえ、自ら過去の話をしてくれた。それはつまり彼女にとって俺はそれだけ信頼できる人間ということになる。これは大きな前進といっても過言じゃない。もしかしたらワンチャン…


 再び彼女の口がゆっくりと動く。


 「えーっと、だからね、つまり、今日ね、キミのお母さんが私が彼女だって知った時とても嬉しそうにしてて、少しの恩返し的なのになればなって。そもそも雑貨店で嘘ついちゃったし、それを伝えてがっかりさせたくないって言うか…あと、キミに結局完璧なデートをプレゼントするっていう約束果たせなかったし。」


 たどたどしかったものの胸の内を言い切ったのか彼女は満足そうに頷く。しかし何かに気づいたのかすぐさま威圧するような目線に変わり、ずいっと俺の方へ体を寄せ、人差し指を俺の胸に突き刺す。


 「だからキミに惚れたとか!!」

 「ヴ…」

 「俺のこと好きかもとか!!!」

 「ヴ…」

 「変な勘違いしないことね!!!!」

 「痛い…」


 俺は胸の突き刺された部分を撫でる。六式使いだろこいつ。


 怒気のこもった口調に、まるで穴でも空けられたかの様な痛み。ひなさんの言葉は照れ隠しではなく本音なのだろう。大きな前進だと思ったのだが俺の想像の歩幅より狭かったみたいだ。

      ──閑話休題──


 いまだ痛みの引かない胸を俺は撫で続ける。そんなことなどお構いなしという風にスタスタと数歩先を歩くひなさん。


 「そこ曲がれば駅だから」


 そう言って俺は数十メートル先の曲がり角を指さす。前を歩く彼女には見えてないが「分かったわ」と答えたため、一応伝わったみたいだ。


 曲がり角の寸前でひなさんはぴたりと止まると、ゆっくりとこちらに振り返り、


 「じゃあここまででいいから。それとさっき言ったことは千夏ちなつとかにも内緒ね。からかわれるのやだし。それじゃ。」


 ひなさんは伝えたい事を淡々と述べると、手を振ることもなく曲がり角の先に消えてしまった。


 (付き添いしたのにありがとうくらいあっても良くないか…?)


 家から駅までの道のりが近いとはいえ往復なら10分以上はかかる。


 (まぁ本人もついてきて欲しいとか思ってないだろうし、俺も言われて嫌々きたし、仕方ないか…)


 行き場のない悶々とした思いを吐き捨てるように、いつもより強めに地面を蹴って曲がり角に背を向ける。

 

 帰ろう。右足を出した瞬間。


 「─ねぇ」


 背後から誰かに呼びかけられる。咄嗟に振り返ると、カドからひなさんが顔だけを出していた。


 「付き添いありがとね、気をつけて帰ってね。…じゃあ学校で、またね。」


 天使のような笑顔で不意打ちされた俺は驚きのあまり言葉ににならない声で口をぱくぱくとさせるしかできなかった。

 それを見たひなさんは満足気な笑みを浮かべるとこちらに手を振ってカドに消えてしまった。

 

 (またねか─)


 彼女の言葉が頭の中で何度も繰り返される。


─────────────────────


最後まで読んでいただきありがとうございます。少しでも良かったと感じたら高評価お願いします。


 

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