第17話 晩ご飯の話Ⅱ

 「「ごちそうさま」」


 4人揃って手を合わせた。この習慣になっている『揃って挨拶』を幼稚園っぽいなといつも思ってしまう。


 「…呼んだくせに普通の夜ご飯で悪いわね。ちゃんと食べれた?」

 「全然普通だなんて、美味しすぎてむしろ食べすぎたくらいですよ…」


 そう言いながらひなさんはお腹をさする。その表情は苦しそうにしながらも、どこか満足気だ。社交辞令ではなく本音なのだろう。


 「洗うから、皿持ってきて。」

 「はーい」


 母は席を立つと流し場へ向かう。それを見て姉が皿を持っていく。いつもなら母に名指しで「持ってこい」と言われるまで動かない姉が珍しく自ら進んで動いたことに、俺は驚きを感じた。


 持っていくか。

 姉に感化されたわけじゃないが、俺も母に言われる前に持って行こうと皿に手を伸ばした瞬間、一足、いやこの場合は手か、先に横からひなさんの手が皿を持ち上げた。


 「持っていってあげるよ。」

 「あ、わりぃ。」


 ひなさん自分の皿と俺の分の皿をまとめて母のもとへ持っていく。


 「あら〜ひなちゃんはほんっっとうにいい子ね!!!」


 「あはは、そんなことないですって。…やめて下さいよぉくすぐったいですって〜。」


 皿を受け取った母は、まるで我が子を褒めるようにひなさんの頬をわしゃわしゃと撫でる。撫でられてる側も口ではやめてと言うものの、満更でもない様子で恥ずかしそうに笑っている。


 「ふっ…」


 まるで元から家族だったかのような光景に思わず笑みが漏れてしまった。

これが本当ならどれだけ良かっただろうか─


───────

────

──


 片付けが終わった後再び席に着いた俺達は談笑を楽しんだ。思いのほか盛り上がった会話は流れる時間を忘れてしまうほどだった。


 「─わ?!、もうこんな時間!そろそろ帰らせていただきます。」


 ひなさんは思い出したように時計を確認すると、慌てた様子で帰り支度を始める。

俺も彼女の言葉に気づき、時計を確認する。時刻は20時30分、そろそろというか遅いくらいだ。


 (ここから駅までの時間、電車に乗ってる時間、それとあっちの駅からひなさんの家までかかる時間をプラスして…うん?)


 今から出れば何時くらいにひなさんが家に着くのかを時計の数字を目でなぞりながら計算していると、視界の隅で寂しそうにしょぼくれている母が見えた。


 「もう少しいてもいいんじゃない?」

 「流石に夜遅いしダメだよ母さん。」


 俺は引き留めようとする母を間髪入れずに嗜める。母はより一段としょんぼりする。


 「そうだよね…」


 母はしょぼくれたまま、しかし珍しく引き下がった。いつも親戚の集まりとかならわがまま言うが、今回はそうはいかないと、分をわきまえているのだろう──


────


 半ば追い出される形で外に出た俺。ひなさんのお見送り役とのことだ。最初は拒否しようと試みたが母と姉に「文句ある?」と静かに圧をかけられたので渋々承諾した。


 「また来てね〜」

 「はいそのうち。またご飯いただきますね」


 玄関では手土産をぎっしり持たされたひなさんが、母の熱いハグを受けている。

 雑貨店の時は厚かましい母に厄介そうに対応していたひなさんも今ではまるで本当の娘みたいに嬉しそうにしている。


 「はよしないと電車すぎるよ。」

 「そ、そうだね。本当にありがとうございました。」


 俺が催促するとひなさんは深々とお辞儀をした。本当に最後の最後まで行儀がいい。


────

──


 2人は別れを惜しむように結局玄関先まで出て、駅へ向かう俺たちの背後から近所迷惑レベルの声量で「ばいばーい」とか「また来てねー」とか言い続けていた。


 いつもは駅まで自転車で行く。夜ということもあるだろうがやけに道のりが長く感じる。いつのまにか2人の声も聞こえなくなっている。


 街灯も少ない暗い夜道を2人で喋ることもなくただただ歩くだけ。孤独というわけではないが、暗闇に俺1人だけが包まれている安心感につい物思いにふけてしまう。


 俺とひなさんのこの関係も今日で正真正銘終わり。明日からはただのクラスメイトに戻る。

 しかし見栄を張るように2人に嘘をついてしまった。ひなさんを見る時、喋る時の2人の嬉しそうな顔を見るたびに心が抉られる。


 もし、今ここでひなさんに告白して付き合うことができれば俺のこの悩みも全て解決する…

 しかしひなさんが俺の告白にオッケーを出す確率も無ければ、そもそも惚れられるような魅力も自信も俺にはない。

 玉砕覚悟でもいい、告れる度胸があればどれほど良かっただろうか。


 俺はいつもそうだ。何かを願うけどそれを叶えるために行動をしたことがない。そもそも行動したとして成し遂げられた試しがない。


 「はぁ…」


 大きくついたため息は、数メートル先すら見えなくする夜の暗闇に溶けて消えてしまった。

 見上げると夜空には星が1つもない、雲に覆われてしまったのだろうか…


 「──ねぇ」

 「…ん?」


 沈黙を切り裂くひなさんの言葉に数瞬遅れて反応する。ひなさんはなにかを決心するように小さく頷くと、ゆっくりと口を開く。


 「…あのさ、、、私達の関係さ、もう少し続けよう…?」


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 最後まで読んでいただきありがとうございます。少しでも先が気になるなと思ったら高評価よろしくお願いします。


 母を前回やばいやつみたいに書いてしまったんですが、テンションが上がった時や唐突な提案がぶっ飛んでるだけで普段は常人です。

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