第15話 ラストデートの話Ⅳ

 「彼女です。」


 宣言するようにきっぱりと、しかし女神のような微笑みで。

 

 「…え、なん、なんで…?」


 驚きと困惑が混じって声として外に漏れてしまう。母と姉の方を見ると2人はまだ信じきれていない様子で疑いの目線を俺達に向けている。急に付き合ってるなんて言われて信じられないのも無理はない。ましてやひなさんのような超絶美少女が彼女だなんて信じられるはずがない。

 それを察したのかひなさんは今度ははてなマークを浮かべ、困惑した表情を作る。

 

 「あれ、まだ大也ひろやクンは言ってませんでしたか?…実は1ヶ月ほど前から私達お付き合いさせて頂いています。」


 ジリジリと俺の隣まで歩み寄ると、


 「んもぅ、恥ずかしがらず言ってくれれば良かったのに!」


 そう言って彼女は俺の右肩にトンと体をぶつけた。まるで照れ隠しのような行動、頬を赤らめた愛くるしい表情、どこまでが彼女の演技なのだろう。先程の彼女発言といい、この行動といいこの場をなるべく穏便に納める作戦の一部なのだろう。

 

 しかしそんなのはどうだっていい。

 

 (おっふ、俺が彼氏です!!!!)


 そう、今はどうだって良い。これが演技であってもあのひなさんに肩ドンされたっていう事実があればそれだけでいい!

ふわりと香る花のような良い匂い。俺は今多分ものすごいスケベな顔しているだろう、しかしそれすらもどうでも良い。

 興奮!圧倒的興奮!行動の裏に何か意図があったとしてもどうでもいい、男ってのはそういう生き物なのだ。


 「そ、そうなんだよ母さん。実は1ヶ月くらい前から付き合ってて、どうしても彼女が恥ずかしいから言わないでって言うか、ら…」


雛(あまり調子に乗るなよ。)


 右側から伝わってくる凄まじい殺気に思わず言い淀んでしまった。俺は恐る恐るひなさんの方をちらりと見る…


 赤らめた頬はそのままに、少し俯きがちに、変わらず照れた表情を浮かべる彼女だったが、俺に向ける目線だけまるで殺気に満ちていた。 


 怖い!ものすごく怖い!目がヤのつく人しか見たことない目なんですけど!!調子に乗ってすみませんでした!!!


      ──閑話休題──


 「全然お母さん知らなかったわ。美羽みう(姉)も知らなかったでしょ?」

 「知らんかった。」


 まだ完全に信じてはいない様子だが、ひなさんの流石の対応力で一応は信じてもらえた。

 

 すると母は一度頷くと「ちょっとごめんね」と言って、何を考えているのかひなさんに近づき、朝から頭にかけて何度も視線を往復させる。その中で何度も頷く。

 ひなさんは、急にジロジロ舐め回すように見られて、今度は演技じゃない困惑の表情を浮かべている。


 しばらくして母は何かに納得したのか大きく頷くと、ひなさんを顔をじっと見つめた。


 「やっぱり信じられない。ひなちゃんであってるっけ?…君みたいな顔よし、性格良し、お人よしの完璧女子がうちのバカと付き合う訳がない。」


 突然な母の発言に「何言い出してんだ。」そうツッコもうとしたが母の目を見て、すぐに口を閉じた。ひなさんの目をじっと見つめる母の瞳は真剣そのものだったからだ。

 母は続ける。


 「おばさんが何言ってんのってうざいかもしれないけど、大也ひろやはバカでもうちの息子で大切な子なの。もし悪ふざけやとかで付き合ってるなら今すぐ別れて欲しい。」


 ひなさんの肩をがしっと掴んで訴えるように、むしろ脅しに近い程、真剣な目つきで問い詰める母。


 母の言うこと全てよく分かる。俺が母と逆の立場なら同じ事を思うし、何しろ母さんの真剣な瞳と嘘偽りのない言葉から伝わる愛が痛くて仕方ない。実質騙すような形になっているため心が痛む。


 (雛さんは何と返すんだろう…)


 気になるが彼女の顔を見るのが怖くて見られない。


 しばらく沈黙の後、ひなさんの声がきこえてきた。


 「大也ひろやクンはとても優しい人です。お母さんが私をどれだけ評価しているかは分かりませんが、むしろ私にはもったいないくらいです。」


 正直意外な回答だった。罰ゲームだってバラすと思ってたから。

 俺は驚きのあまり彼女の方を振り返る。そして再び俺は驚いた。


 彼女の浮かべた表情は真剣そのものだった。彼女の黒く澄んだ大きな瞳には何の曇りもない。これは演技じゃない、俺はすぐさま、直感的にそう感じた。


 「─うん、分かった。ひなちゃんの言うことをおばさん信じるよ。ごめんねおばさんが若い子の楽しみに水を差しちゃって。」


 母はそういうと恥ずかしそうに笑みを浮かべ、ひなさんの肩を掴んだ手を離した。すると突然ひなさんは、母の右手をがっしりと両手で握った。


 「いえお母さんが迷惑だなんてこれっぽっちも思ってませんよ。むしろ大也ひろやクンに似てとてもお優しい人なんだと思いました。」


 天使の様な笑顔でそういうと、たちまち母の目はハートになった。


 「うわぁ!!なんていい子なのこの子!!!」


 半ば発狂に近い音量で叫ぶと母は、ひなさんに覆い被さるように抱きついた。


 「あ、え、あ、ありがとうございます?」

 

 急展開についていけず困惑のあまり、なぜか感謝している。

 流石に恥ずかしいのか、自身に抱きつく母の肩を、拒絶にならない程度の力で、押しのける素振りをとる。


 しかし母はそんなことお構いなしにとひなさんの胸に顔を埋めると、

 

 「スゥーーー…いい匂い…。」

 「おいそこ、セクハラだぞ。」

 

 羨ましい。埋めた母の顔が頬の半分ほどまで見えなくなってしまった。服の上からでもわかる柔らかそうな果実…流石にキモいか…


 自身でも引いてしまう程の劣情を頭を振って無理矢理落とすと、母の顔を退かそうと手を伸ばした。すると母はいきなり顔を上げる。


 「決めた!ひなちゃん、今日晩御飯家に来て食べましょう!!!」


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最後まで読んで頂きありがとうございました。少しでも良いと感じたら好評価よろしくお願いします。

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