第10話夕日のスポットライトの話

 「だから顔上げてください。」


 目の前で深々と頭を下げる女子生徒、小清水千夏こしみずちなつ大也ひろやは傘を差しつつそう伝える。しかし千夏ちなつは頭を上げる気配がない。


 すると何かに気がついたのか大也ひろやは恥ずかしそうに、頬を人差し指でポリポリかきながら声量を落として内緒話するように言う。


 「あ、あの…顔上げてくれないと…めちゃくちゃ困ります…。」


 大也ひろやの含みのある言い方を不思議に思った千夏ちなつはやっと頭を上げると、きょろきょろと周囲を確認する。

 

 2人が今いる場所は学校を出たとはいえまだ校門が視界に入る範囲内であり、自転車や徒歩で下校する生徒、友達を待ってる生徒など様々な生徒が校門を通過する。

 そんな人目のつく場所で、片方はずぶ濡れで頭を下げる女子高生、もう片方は雨も降っていないにも関わらず傘を差す男子高校生。


 千夏ちなつが周囲をぐるりと見回すだけで、2人を不思議そうに凝視する生徒、何かコソコソ話をしながらチラチラとこちらを見ている生徒、ざっと20人ほど確認できた。


 千夏ちなつは自分の目の前で大也ひろやが顔を赤くして気まずそうな表情を浮かべる理由を理解すると、自身も茹でタコのように耳まで真っ赤にし、


 「めめめ、めちゃくちゃ目立ってるじゃない!!!なんで早く言ってくれなかったのよッッッ!!!」


 「いや、なんて言えばいいかわかんなくて…とりあえず早く帰りますよ!」


 2人は慌ててその場を後にした──



 「──ゼェ…ここまでくれば…た、ぶん…大丈夫…。」


 無我夢中で体力が尽きるまで走った2人は学校から1番近い駅の手前まで来ていた。


 肩を上下させて荒い呼吸をする大也ひろやが、同じく息を荒くして膝に手をついている千夏ちなつをチラリと見る。


 「こんなに…走った、の、久しぶりかも…でも、楽しいね…ハァ…結構。」


 頬に伝う汗を手で豪快に拭いながら、息も絶え絶えに、しかし笑顔でそう言う千夏ちなつ大也ひろやの目にはそれがより爽やかに映った。


 「ゼェ…そう、ですね…」


 息を切らしながら笑って答える大也ひろや千夏ちなつが言うように走った事で脳の不純物が取れたようにスッキリとした爽快感があった。

 しかし…


 学校から駅までの距離はそれほど長くはない。それにも関わらず、呼吸するたびにツンと刺す痛みが走る肺、疲労感でずっしりと重い体。

 

 ((う、運動しなきゃ…))


 自身の運動不足を痛感した2人であった。


──閑話休題──


 息が落ち着いてきた2人。


 「─おし、もー大丈夫。」


 そう言って千夏ちなつは1度大きく深呼吸した。真似るように大也ひろやも深呼吸して息を整える。


 「なんか久しぶりだよ私、こんなに走ったの。なんだかスッキリした気がする…」


 まだ熱の残る火照った顔でそこまで言った千夏ちなつだが、急に何かに気づいたように目を見開き、手を慌ただしくさせながら再び話を続けた。


 「っあ、違うよ、スッキリしたってのはキミに対する罪悪感が消えたって事じゃなくてね、なんていうか、脳がスッキリした的な???」


 脳を指で差しながら苦笑いを浮かべる千夏ちなつ


 「あ、そんな気にしないでもいいですよその事はもう。さっきも言いましたけどむしろありがたく思ってるくらいですし、そこまで気にされると逆にこっちの方が困るって言うか…」


 「じ、じゃあお言葉に甘えて。」

 

 口ではこう言うものまだ申し訳なさそうに眉毛は曲がっているが、この件はとりあえずひと段落ついたのだと大也ひろやは安堵した。

  

 2人に流れる微妙に息苦しい沈黙。


 (と、とりあえず話題変えなきゃ。えと、えっと…)

 「小清水こしみずさんって汽車ですっけ?」


 気まずい雰囲気をどうにか変えようと、答えは知っているが話題を振るために、駅の方向を指差す大也ひろや

 

 「そーだけど。広山こうやまクンは歩きだっけ?この辺?」


 「あ、いやもー通り過ぎちゃいました。」


 「なんで?!」

 「走るのが思いの外楽しくて…」


 恥ずかしそう頭を掻く大也ひろや


 (本当はそんなん考えれないくらい必死だったから、なんてダサくて言えないや)


──閑話休題──

 

 それから何度か特に盛り上がる訳でもない世間話をした2人。


 「─今日はありがとうね、なんだかたくさん迷惑かけちゃったし。」


 千夏ちなつ申し訳無さそうにしつつも照れ隠しだろうか舌をぺろっと出す。


 (かわいい)


 意図したわけではないだろう、しかし彼女の人柄にあったおちゃめな仕草を見て大也ひろやは反射的にそう思った。


 「じゃあ私帰るから。明日になって私達噂されてたらどうする?」


 大也ひろや揶揄からかうつもりの発言。千夏ちなつにやりとイタズラな笑みを浮かべる。

 

 「そん時は責任とってもらいます。」

 「あら、意外。そんな事いうんだキミ」

 「すみません、揶揄からかわれてるの分かったんでつい。」

 「バレてたか。」


 千夏ちなつは少し残念そうな表情を浮かべ、次いで何かを考える様に口元に手を当てる。そしてまたニヤリと笑う。


 (また何か企んでるな?)


 再びなにか言われるのではないだろうかと少し身構える大也ひろや


 「そろそろ電車来るし、本当に帰るねばいばい。」


 しかし、千夏ちなつはそう言い終えると揶揄からかうようなセリフはなく、振り返って駅の方へ歩き始めた。


 (…?、身構えて損した。)


 予想とは裏腹に淡々とした千夏ちなつの行動に警戒心を解いた大也ひろやは手を小さく振った。


 (俺も帰ろう。)


 胸の辺りで小さく振った手を、戻そうと下ろした途端、千夏ちなつの足が止まった。


 傾いた秋の夕日は目が眩んでしまう程に眩しい。歩みを止めた千夏ちなつはゆっくりと振り返る。


 辺りを朱色、いや赤だろうか、そんな曖昧な色に染める陽光はビルの窓に反射し、道路に反射し、通行客の額、空までも反射して集まる。彼女、千夏ちなつの背に。それはまるで彼女だけに当たるスポットライトのように。

 

 彼女が浮かべる先程のようにイタズラな笑み。僅かに赤く染まった頬を隠すように唇にすっと添えられた人差し指。普段の元気溌剌な彼女とは違ったどこか妖艶な雰囲気を漂わせている。


 影になって見えないはずなのに、それらが大也ひろやにははっきりと見てとれた。視線は彼女一点に惹きつけられた。


 「また一緒に帰ろうね、

 「…ッ!」


 不意打ち。


 鼓動が急に早くなる。しかし苦しくはない、むしろ温かい。

 大也ひろやは自分が耳まで紅くなっているのに気づいた。しかしそれを落ち着かせる術は知らない。知っていたとしても今は意味ないだろう。


 それを見た千夏ちなつは今度は満足気な笑みを浮かべて


 「その顔、今日は夕日のせいってことにしてあげる。」


 そう言って、再び駅の方向へ、手を振りながら、走って帰って行ってしまった。


 「…」


 取り残された大也ひろやはしばらく立ち尽くしていた。

 

 その間、目を刺すような夕日の眩しさの中でまばたきをせずにいられたのは、立ち去ったにも関わらず彼女の影が色濃く目の奥に残るからだった。




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第10話お読み頂きありがとうございます。

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夕日のシーン、使い回しだろとか言ったらキレます。書いてて自分でも思ったのは内緒です。

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