第9話雨と傘と告白の話

 「呼ばれました!私が小清水こしみずです!」


 天真爛漫な笑顔を浮かべる千夏ちなつ


 千夏ちなつが絆創膏をバックの中から引っ張り出すとなにやら教材らしきものも釣られて顔を出す。それを無理矢理バックへ押し込み大也ひろやの目の前でしゃがむと、慣れた手つきで大也ひろやの怪我した膝に絆創膏を貼る。


 最初こそ遠慮していた大也ひろやだが、千夏ちなつに半ば強引に押し切られて以降は優しく丁寧に貼られるさまをただ眺めていた。


 「…できた!もう痛くないよ。」

 「あ、ありがとうございます…」


 大也ひろやは2.3度肘を曲げ伸ばしする。勿論絆創膏を貼っただけなため動かす度に当然痛みはあるが、心なしか少し和らいだ気がした。


 「──で、何か用ですか僕に?」

 「あ、そうそう。それなんだけど、キミに話したいことがあるんだよ。」


 (俺に???なんか俺怒らせることしちゃったかな??…まさか俺に告白…ないな。)


 先程までのハプニングで忘れていたのだろう、思い出したかのように手をぽんっとうつ。


 「今、雨降ってるよね?」

 「そうですね。」


 外を指差す千夏ちなつ。外の雨は未だ勢を失っていない。


 「キミ、帰ろうとしてたよね?」

 「そうですけど…」


 先程まで大也ひろやが傘代わりに頭に被せていた体操服袋を指差す。

 

 「傘ないよね?」

 「はい…」

 「私傘もってるの。ね?」

 「え…?」


──────────

──────

──


 ビニールに雨粒が弾かれる軽い音。アスファルトに溜まった雨水が、歩くたびに跳ねて時折ズボンの先を濡らす。普段の雨天の下校と何も変わらない。ある1点を除いて…


 「雨強いね〜」


 隣でニコニコしながら歩く千夏ちなつがいることを除けば。


(んーなんでだ…?)


 流れに身を任せていたらいたらいつのまにか千夏ちなつと1つ傘の下で帰路を共にしていた。


 「私相合傘初めてなんだよねぇ〜」


 「いいんですか?僕なんかが初めてで。」


 「私が誘ったんだから謙遜しないしない。あーぁ広山こうやまクンに取られちゃったね〜私の初めて。」

 「言い方!乙女がそんな言葉を口にするんじゃありません!!」


 「なに?私のママなのキミ…」


 からかうつもりだったが、大也ひろやの思わぬ反応をくらい困惑する千夏ちなつであった。


 ──閑話休題──


 「そういえばね、私今日の授業寝ちゃってさ〜。」


 千夏ちなつは笑顔を絶やすことなく鈴のような声で楽しそうに話す。

 急な話題の転換に半ば呆れ気味で小さくため息をつく大也だいや

 

 次から次へと言葉が出てくる千夏ちなつはまるで間欠泉のようで、話の話題もコロコロと変わっていく。一方の大也ひろやはというと2.3回に1回相槌を打てる程度でほとんど会話に置いて行かれている。もはや会話というよりはほとんど千夏ちなつの一人言となんら変わらない。


 (ほぼ初対面なのに凄いなこの人。)


 呆れたようにため息はつくものの、大也ひろやは、未だに途絶えることなく喋り続ける千夏ちなつに、(自分はできないや)と少しばかりの尊敬すら感じてしまっている。


 (でも小清水こしみずさんの話の中にさっき言ってたは無さそうだな、ほとんど自分の話だし。)


 このまま並行移動していても千夏ちなつの言っていた大也ひろやは聞けそうにない。そこで大也ひろやは自分から切り出すことにした。


 「…あ、あのすみません。さっき言ってた俺に話したいことってなんですか?」


 千夏ちなつ大也ひろやの言葉を聞くと立ち止まり、一瞬だけ目を大きく見開くとすぐに目を伏せて、さっきまで怒涛のように喋っていたのが嘘のように黙りこくってしまった。


 (やっべぇ、なんか聞いちゃいけないこと聞いたかも…)


 すぐに弁解しようと言い訳の句を必死に探しあたふたする大也ひろや。お互いの間に流れた気まずい空気。しかし、数秒もしないうちに千夏ちなつが口を動かす。


 「─あのね。キミ、ひなチと付き合ってるでしょ?」

 (──?!)


 思いもよらない、訳ではなかったが予想内にギリギリ入っていなかった発言に大也ひろやは返答がを見つからず、黙ってしまう。千夏ちなつの発言に対する様々な考えが脳内を高速でかけ巡り、最善の答えを見けられないでいる。


 「ご、ごめんね。別に探りを入れたいって訳じゃないんだよ。どっちかと言えば謝りたくてさ。」


 「─謝る?」


 未だに目を伏せたままの千夏ちなつ。直視できない瞳の中は黒く暗く、少しだけ俯いた顔に浮かび、力んだ腕はぷるぷると微かに震えていた。傘の中という狭い空間、お互いの体温すら感じてしまうような距離。謝りたいと言う言葉に対する千夏ちなつの気持ちを大也ひろやひしひしと感じた。

 この言葉は嘘ではない。直感的だが大也ひろやはこのことを疑わなかった。


 そして、少しの間を置いて千夏ちなつの唇が弱々しく震える。


 「──ごめんなさい。」


 突然千夏ちなつは傘から出ると頭を下げ謝罪を口にした。まるで罰を与えるかのように彼女に雨が降り注ぐ。突然のことに大也ひろやの頭は真っ白になり、彼女が雨に打たれていることにすら気づかず、ただあたふたとするだけだった。。

 

 「罰ゲームさせたの私なの。」

 

 突然の告白にまたもや大也ひろやはかける言葉を見失う。


 「最初は悪ノリのつもりだったの…3人で罰ゲームして負けたらキミと付き合うって…でも今日ひなチから色々聞いて…初デートや土曜日のこととか…。」

 「私、すごくキミにひどいことしたんだなって…だから謝りたくて………」


 そう言い終わると千夏ちなつはさらに深々と頭を下げた。


 「ひなチが言ってた今日、『私嫌われることした』って。でもあの子は悪くないの…悪いのは私…だから嫌うなら私にして欲し…して、下さい…」


 許しを乞っているわけではない、懇願するように弱々しく震えた声、垂れた長髪に沿って流れ落ちる雨粒。雨に打たれた小さなその身は微かに震えていた、まるで伝染したように。

 やっとそれを認識した瞬間大也ひろやは無意識のうちに彼女に近づき、腕を伸ばし、彼女を傘に入れた。それと同時に雨粒は標的を変え大也ひろやに降り注ぐ。


 「俺は、別に嫌いになんてなってないですよ。ひなさんのことも小清水こしみずさんの事も。だから顔あげて下さい。」

 「で、でも私はキミに…」


 遮るように大也ひろやは続ける。


 「俺みたいななんの取り柄もないような普通の人間からしたらひなさんみたいな超絶可愛い人と嘘でもいいから付き合えただけで嬉しいんです。それに小清水こしみずさんだって、友達のために自分のことを嫌いになってなんて言うくらい優しいし、どっちも嫌いになんてなる訳ないじゃないですか。なので顔上げて下さい。」


 いつだろうか、千夏ちなつの髪から滴り落ちる雨粒も体の震えも無くなっていた。

 そして、2人とも気づかない。雨がいつのまにか止んでいたことに。

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