第4話デートの物語Ⅰ

 あと一歩出せばひなの体は体育館の角に隠れ、大也ひろやの視界から完全に消える。後ろに残った右足を前に出すだけそれだけなのに。時が止まったと言うより、前へ進もうとする足を自ら止めたかと言う様な止まり方。

 まるでポイ捨てしたゴミに罪悪感を感じているかのような、そんな止まり方だ。


 ひなは体を戻すと、何度か唇をもごもごと噛んでからゆっくり大也ひろやの方を向く。


 大也ひろやの真正面から差す夏終わりの眩しくも柔らかい夕陽、それを背面で受けるひな大也ひろやからすれば日差しのせいでひなの表情がよく見えない。

 しかしだからこそ鮮明に認識できてしまう。頬、いや、耳まで赤く染め、何かを躊躇ためらうように下唇を噛み、忙しなく指を絡ませては解き絡ませては解く。彼女らしくない落ち着きのない様子。


 ひなは何度か体をもじもじとさせ、視線を逸らしては大也ひろやを見、逸らしては見るを数回繰り返す。その後大きく息を吸って大也ひろやのことをカッと見る。

 

 「あの、い、一応この前の事は謝る。ごめんなさい。悪ノリとはいえキミにとても悪い事をしたと思ってる。ほんと、ごめんね…」


 この発言は大也ひろやにとって予想外だった。困惑と正しい返し方に戸惑い、口をパクパクとさせたまま黙ってしまう。


 「か、勘違いしないでね!た、ただ私のキャラに関わるからってことだから!じゃあね!」


 続いた沈黙に耐えられなくなったひなは噛みながら、しかし早口でまくし立てると、ダッシュ消えてしまった。

 

 ひなが居なくなった後も大也はしばらく動かなかった。夕陽に照らされた雛のシルエットが目に焼き付いて離れなかったからだ。


 雛との初デートのことは大也の中では正直許してはいなかった。舞い上がって調子に乗っていた自分が馬鹿馬鹿しく見えてしまうから、というのもでかいが、自分が罰ゲームの対象に選ばれ、自分なら簡単に騙されると他人に見透かされている。そう考えるとどうしても憤りを感じてしまうからである。これは誰だって当たり前だ。


 しかし今だけは「許す」と感じてしまった。そこに躊躇ためらいはなく心の底からそう思った。

 意志の弱い男とか、チョロいなんて言われても仕方ないとは思うが、それでもいいと思える程、西陽に照らされたひなは言い表し用もないくらい可愛かった──


 ─約束の土曜日─


 大也ひろやは集合場所となっていた駅に予定の時間より10分早く到着した。


 「ひなさん、もう着いてるかな?」

 

 そう言いながら辺りをキョロキョロして探す。心の中には勿論ほんの少しの恐怖はあった。


 「──ねぇ」


 突然背後から声をかけられ、「へっ?!」と素っ頓狂な声を上げるとともに、飛び跳ねるように振り返る。

 そこにはひながいた。どこで買ったのか缶ジュースを片手に持って。


 「お、おぉ。おはよう。」

 先程の驚きの余波にやられ、歯切れの悪い挨拶をする。

 するとしばしの沈黙が訪れる。何かを求める様にひなはじっと大也ひろやの目を見続ける。


 (え?なに?なんでずっと見てくるの?この人?!お、俺が話題振った方が良い的なやつか????)


 ひなの眼差しから感じる圧の様なものに困惑気味の大也ひろや

 するとひなはそんな大也ひろやに落胆したように大きくため息をつく。


 「キミ…本当にダメダメだね。デートだっていうのに彼女待たせた挙句、会って可愛いの一言もない。あんた男として終わってるよ?」


 やれやれと言った風に肩を落とすひな。言われて気づいたのか大也ひろやひなのことをまじまじと見る。


 さらっと長い足は黒いスキニーにつつまれ、ダボっとしたオーバーサイズな白の上着をそこへインさせ、ベルトと黒い帽子を身につけていた。モノトーンだがボーイッシュでクールな印象を受ける。


 (オフのひなさん可愛いすぎる)


 まじまじと見てしまった事で再確認したひなの可愛さ。制服では見ることのできない新たな魅力。私服は初デートの時に見たとはいえ、意識して見たのは今回が初めてだった。


 「か、かわ、かわいいよ似合ってる。」

 照れて、目線を逸らしつつついどもってしまう大也ひろや


 「え、なにその言い方キモ」

 「ひどくね?」

──閑話休題──


 大也ひろやは改めてひなの服装を確かめる様に見る。大也ひろやのイメージでは白いワンピースとかを着ているイメージがある。似合っているものの学校での彼女と照らし合わせてみると、いささか違和感を感じてしまう。そして連鎖するように記憶の中の違和感がぽつぽつと浮かび上がる。

 

 学校でのひなは清楚そのものである。彼女の口から出る言葉は端から端まで丁寧で、所作も女性特有の滑らかさがあり、彼女の言葉から動作の全てにおいて、絵本の中のお嬢様の様な気品さやたおやかさが備わっている。

 しかし初デートの日や先日の体育館裏、そして今日、の彼女の言葉や動作は荒々しいとまではいかないが、学校の彼女と比べるとどこか丁寧さに欠けているというべきか。


 どちらの彼女が本物なのかなど考えずとも分かる。勿論だからと言って大也ひろやひなに対する評価が変わるわけではない、むしろ新たな一面を知れた気になるため嬉しくはある。


 だからこそ大也ひろやは疑問に思う。ひな程の可愛さであれば本性の方の言動でも十分だと思うが、なぜ猫を被る必要があるのかと。


 というわけで大也ひろやは本人に直接訊くことにしてみた。失礼だとは理解していたが疑問を解きたい気持ち抗えないのは人間のさがである。


 「思ったけど、ひなさんって学校と今って全然雰囲気違うよね?」


 やってしまった…

 そう思った。きくにしてももっとオブラートに包む言葉はあったはず。大也ひろやは自身の口下手さを恨んだ。


 恐る恐るひなの機嫌を確認するように目線を上げ、彼女の顔を見る。


 「はぁ?何急に。文句あんの?」

 (おこってるぅぅぅ…しかも静かにブチギレてるタイプだ!!!)


 眉間にはシワが寄り、大也ひろやを睨む目には深い闇が立ち込めていた。ひなの表情はメンチを切ったヤクザそのものだった。


 大也ひろやは両腕をわたわたと忙しなく動かしながら慌てて訂正をする。

 

 「い、いや別にそれを責めようと思ったわけじゃないんだ。ただ気になっただけで…」


 「そんなん訊くなんてデリカシーなさすぎじゃない?」


 大也ひろやの弁解が効いたのか、一応怒りの矛を収めたひな。それを見て安堵した大也ひろやは、慌ただしくさせていた両腕を下ろし、続ける。


 「それに、そういう所もひなさんの魅力というか、少なくとも俺はめっちゃいいと思う。」


 「へ…?」


 大也ひろやの心の底から出た、包み隠さない本音。雛はひなそれに不意を突かれた様な表情を浮かべ目を大きく見開く、瞳に立ち込めていた闇はもう無くなっていた。しかしすぐに我に帰り、気丈を気取り腕組みをしながら、プイッと顔を背ける。

 その横顔はまるで大理石でできた美しい彫刻に似ている。その綺麗な作品には制作者の意向なのだろう、ほんのりと赤い装飾が施されていた。


 

 


 


 

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