第8話 マウス・ヴェサ・エレクトロニカ

 ◆◆◆



「安っす!!!」

 ルディア婆さんが放った球体に導かれ、辿り着いた冒険者協会。

 市役所っぽい見た目と図書館特有の静謐さを持つそこは、RPGゲームに出てくるような【酒場】という趣ではなかった。

 結果、思わず叫べば、周囲の人の視線が集まりやすい。

「失礼」


 思わず叫んでしまったことを詫びながら依頼書を戻す。

 吹き抜けのホールに立ち並ぶ依頼書を張り付けたボード。

 その数は、ゆうに3桁を超えていた。

 現代風にみるとハローワークの求人票が板に張り出してある感じだ。


【飼い猫探してください】や【キノコの収穫手伝い】などの日常系。

 いかにもファンタジーな【山賊ゴブリンの討伐】に【魔獣の生体分布域調査】まで多種多様な依頼が掲示されていた。

 そこから受けたい依頼書を受付に持っていき、クエスト開始という流れだそうだ。


「ユーマ・トワイライトさん。ユーマさん、いらっしゃいますか?」


 受付のメガネをかけた優男が、静かに通る声で呼んでいる。

「はい。俺です」

「お待たせしました。こちらが身分証明書になります」

「ドッグタグやないか」


 冒険者登録は至って簡単だった。

 受付で冒険者登録をしたいというと名前と年齢を書かされ、指ハンコを押し、しばらく待つと出来上がりだ。

 マンガで見るような、試練だとか水晶に手をあて、ステータス計測などというものは無い。

 なんだったら現住所も記載する必要が無かった。


 まあ、一旗上げに田舎から出てきて、宿無しの人が困るわな、などと思ったら妥当と言えば妥当。


「そのタグは失くさないようにお願いします。失くしますと再発行手数料として金貨1枚が掛かり、さらに一部の依頼を受けられなくなったりしますので」

「なるほど」

 銀行のカードを無くすみたいなものだろう。

 もっともタグは身分証明書なので、もっと深刻なんだろうけど。


「それはそうと」

 聞くべきだろうか。

 報酬がなんかとても安い件を。

「なんでもお尋ねください」

 顔に出ていたのだろうか。

 優男がにっこりと笑う。

「報酬が安いように思うんすけど、こんなもんすか?」


【飼い猫探してください】は銅貨8枚だった。

 一体いくらなのか分からないが、金貨が存在している以上、はした金のような気がする。

【山賊ゴブリンの討伐】ですら銀貨40枚だった。

 といっても相場もいくらなのかも分からない。


「そうですね。報酬は依頼人がいくら出しているかによって変わります」

「大体、報酬の高いものは人気がありますからね。更新のタイミングでチェックしている方もいますよ」

 そう言い、指さす先には壁際に並べられた丸テーブル。

 いくつかの空き瓶が散乱し、静かに寝息を立てている人たち。


 酔いつぶれた客ではないらしい。

「あちらの男性は4日前からいますね。そのふたつ隣の女性は11日前から―――」

「え、ばっちい」

 ずっと居座っているという事は、11日間風呂に入っていないという事だ。

 ありえん。

 冒険者というのは、対面を気にしないのだろうか。


「ははは・・・・・・。長期のクエスト中は割とあり得ることですよ。そういうものに慣れてしまうと、ね・・・・・・」

 察してね、と言わんばかりの顔をする優男。

 職員も大変そうではある。

「ははは・・・・・・」

 俺も乾いた笑いを浮かべ、視線を逸らした。


「ま、まあ報酬の良い仕事は、張り付いている冒険者が持っていきがちなので、渋めのものが残りやすいですね」

「なるほどね」

「あるいは残っていたとしても危険度が高かったり、難解だったりしがちでして」

 受付に向かい歩きながら横のカウンターを見やる。

 つられて視線を向けると顔を真っ赤にして怒っている幼女がいた。


 そう、最近のスクール水着ことスク水を着た幼女が背伸びして、カウンター越しに怒りの表情を向けている。

「スク水のロリが・・・・・・」


「ええと、ですからお受けいただくことはできないんです」

 眉を八の字にひそめながら断りを入れるのは、哀れ、スク水幼女の怒りの矛先になっている女性職員だ。

「じゃから何度も言うとるじゃろ!! ワイバーンなぞ羽の生えたトカゲじゃ!! 我の敵では無い!!」

「ロリババアだ」

 のじゃロリというものを初めて見た俺の口から感想が漏れる。

 黄緑色の長い髪をアップのポニーテールにし、前頭部からは二本のショウガみたいなものが生えている。

 たぶん角だろう。

「・・・・・・」

 腰のあたりの布地は人為的に破られた痕跡があり、そこから黄色の鱗に覆われた尻尾が生えていた。

「おひとりではお受けできないんですって! せめて三人、いえ四人でパーティーを組んでから来てくださいッ!!」

「我は一国の軍隊並みに強いのじゃ!! 不要じゃと言うておろう!! 金とやらが欲しいのじゃ!! 腹ペコで死ぬ方が早いのじゃ!!」

「せ、先輩!! ダメですこの子!!」

 俺たちの視線に気付いた女性職員が助けを求める。

 優男は頭を振ると、やれやれと呟いた。


 そっとロリに歩み寄ると優しい口調で話しかける。

「お嬢さん。大変申し上げにくいのですが、受けれる依頼には条件というものがありまして、こちらは依頼人、つまりお金を下さる方の希望で最低四人で。という決まりになっているんです」

「なんじゃおぬし」

 ロリが優男に向き直る。

 青い空のような両目がすわっていた。

「ふむ。あれは竜人」


 ルディア婆さんがさらさらと描いてくれたイラストに酷似している。

 尻尾があって、頭に角が生えている時点でファンタジーなんだけど。


「私はアンディアス上級職員。こちらのクレア女史の上司ですよ。ええとキミは」

「我は、マウス・ヴェサ・エレクトロニカ。偉大なる竜王の姫君じゃ!!」

「マウスくんですね。先日、登録したての」

「うおい! 人間は傲慢じゃの!! ってそんな事ではないのじゃ!! 我にやらせるのじゃ!」

 パラパラと帳簿らしきものに目を通す優男改めアンディアス氏。

 一方、いまだに憤慨しているスク水ロリ改めマウス女児。


 うん、女児だよな?

 見た目的に小学生くらい。

 背丈は150くらいあるけど、幼さとあどけなさの残る顔つきは女児だ。

 俺の心がそう判断した。


「申し訳ございません。規定でできないんですよ」

 申し訳なさそうに頭を下げつつ、爽やかな笑みを浮かべる。

 形の良い口元で白い歯がキラリと光った。

「お、なんじゃ、ぬしよ。そういう事かや」

 空気が張り詰めるとか凍るという表現をするが、実際、そんな場面には出くわしたことが無い。

 いま、この瞬間を除いて。


『―――初対面で歯茎を見せると“来いよ、ぼこぼこにしてやる”の意味だから気をつけな』

 脳裏をかすめたのは、ルディア婆さんの一言。

 そう目の前にいるのは、恐らく竜人の幼女。



「おぐふッッッ!!!」

 瞬きする一瞬の間の出来事。

 目の前にいたアンディアスが、くの字になって吹き飛ぶ。

 彼の腹部に体当たりをぶちかますマウスの姿。


「なんじゃ! 話が分かるクチじゃな!! そうなのじゃ、意見が食い違ったらパンチパンチ、暴力で白黒決めるのじゃ!!」

「アンディィィーーーーーーーーーッ!!!」

 床にぶつかり、一回転半したアンディアスがうつぶせに倒れこむ。

 その背中に跨ったマウスが嬉々とした表情を浮かべ、グーパンチを繰り出した。

 クレア女史の悲鳴。

 途端にどこからか集まってくる野次馬。



「お」

 出掛かった言葉の次が出てこない。


 止める? あの狂暴そうな竜人幼女を?

 現代でいうと荒れ狂う狂犬かドーベルマン的なヤツに襲われている人を助ける感じだ。

 ヤバい。

 腕とか引きちぎられちゃう!

 だが、まだアンディアス氏ことアンディに死なれては困るのだ。

 何故なら冒険者とは、クエストの受け方と報酬についてなどなど説明の途中だ。

 死ぬなら説明が終わってからにしてくれ。


 ここまでで思考時間2秒。

 我ながら素早い判断だと思う。


「ちょっと待てい!!」

 拳を振り上げたマウスが驚いた顔を向ける。

 棍棒みたいなものを手に取ったクレア女史もハッと顔をあげた。

 なんすか、その棍棒。なんかバチバチスパークしてるんすけど。

「なんじゃおぬ―――」

「まだ、その人から説明の途中までしか聞いていない!! 終わってからボコしてくれ!!!」


 うん。

 要点は伝わっただろうか。

 沈黙が支配する中、呆気にとられた面々が俺を見上げていた。


「・・・・・・こいつ、冒険者じゃな?! こいつと組むのじゃ! ほれ、あと二人なのじゃ!!」

 ん?

 なんて???

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