第6話 婆さんの魔道具屋

 ボケーっと空を見上げる。

 青い空に白い雲が流れていた。

 太陽らしき光源は一つ。

 うっすら退場していく月らしきものは二つ。

 爽やか空気はうまい。

 どこか遠くから花の香りがする。

「のどかだな」


 表通りこそ賑やかの極みみたいな感じだったが、少し路地に入れば清閑な住宅地だ。

 なだらかな斜面は太陽の位置からして南傾斜だ。

 この世界の太陽も東から西へ進む場合の話だけど。


「こんな街中だけど、外にはモンスターがたくさんいて、毎年死者が出てるんだろうな」

 ファンタジーだと定番のスライムとかゴブリンがいるのだろう。

「いつの時代のことだい」

「うおっ?! え、誰?!」

 振り向くと見知らぬ婆さんが怪訝な顔をしていた。

「あんたこそ誰だい。人んちに裏口前で。店に用があるなら表から入んな」

 よく手入れされた白髪をおさげに結った気の強そうな婆さんの丸メガネがキラリと光った。

「すみません! 道に迷って」

 知らん人の玄関前に座り込んでいたんだった。

 そりゃ声もかけられるわけだ。

「なんだい。あんた迷子かい?」

 迷子、迷子だな。

 改めて口に出されるとなんかしっくり来ないのはどうしてか。


「ほーん。じゃあなんか買っていきな。その間に行きたい場所への道順を教えてやるさ」

「え、いや、お金は持って・・・・・・」

 持ってないけど、ゴッデスポイントをお金に換えられるんだった。

 試しにお金に換えてみるのもいいか、と思い、老婆の後を追った。

 まあ道も教えてもらえそうだし。




 裏口を跨ぐとカランコロンと木材同士がぶつかる軽やかな音が響く。

「これはアジアン雑貨店」

 ひとり呟き、カウンターに消えた老婆を見送る。

 コンビニよりやや広い感じの店内には、俺以外客はいなかった。

 表通りのショーウィンドウから差し込む光が天井からぶら下がったランプみたいな何かに反射している。

「で、あんたはどこに行こうと思ってたんだい?」

「冒険者登録ができるところがあるって聞いて」


 立ち並ぶ棚には、色とりどりの調度品が並んでいた。

 30センチくらいの赤色の筒や金細工が施されたピラミッド型の塊、リレーのバトンみたいな円柱。

「ほおん? 冒険者になって一山当てようってクチかい。いいね、昔ほどじゃないがまだまだ世界にはロマンが溢れているさ」

 ルディア婆さんは、脚立の上に立つと棚の上部に載っていた青い箱に手を伸ばす。

 うっすらと積もった埃を手で払い除けると箱を開けた。

「それは?」

 中に入っていたのは青色の球体だった。


 フォォォ・・・・・・ン


「प्रकाशः भवन्तं मार्गदर्शनं करोतु」

 何かを呟き、手をかざした球体が軽やかな音とともに青く発光し、宙に浮いた。

 くるくると宙で左右を見回すような挙動の後、チカチカと明滅していた。

「これは、導き鳥さ。ま、鳥とは名ばかりの魔道具だけどね」

「魔道具?」

「魔法の力を動力にした道具ってヤツだよ。あたしが創ったんだ」

 ふふんと胸をそらしながら自慢気に語る。

 すごいのか。

 スゴイのかもしれない。

「おー」

 とりあえず拍手しながら成り行きを見守る。


「本来は魔導士やってんだけどね。昔、パーティーを組んでたヤツの依頼で創ってから病みつきになってね」

 結果、コンビニより広めの室内が魔道具とやらで埋まるに至ったようだった。

「今じゃ現役引退。ババアの道楽みたいな魔道具雑貨店ってわけさ」

「婆さん、冒険者だったのか」

「まあ、野暮用でね。別にやることがあったのさ。都合上、冒険者ってヤツが一番融通が利いたのさ」

 ルディア婆さんは、宙に浮く魔道具を弄りながら答えた。

「あの頃は、世界中が今より不便で未開拓。そんでロマンに満ちてた」

 どこか遠くを見るように目を細める。

「だから何千、何万人もの人らが、ロマンを求めて冒険者になったんだ」

「へえ」

「ま、そのうち、どれくらいの連中が夢を掴んだのかは知らないけどね。それでも人間って連中は好奇心に突き動かされるもんさ」

 さ、調整が終わったよと言いながら球体を宙に手放すと青い光が赤に変わっていた。

「今は違うんすか?」

 婆さんの言う昔とは半世紀ほど昔の事だろうか。

 だとすると生活は豊かになり、便利になった分、冒険者になって夢を追いかける人がどれくらいいるのだろう。

「どうかね。今でも未開の地は残っているし、お宝だってみつかるそうさ。違いっていやぁ、そうさな」

 ふむ、と顎に手をあて思案する。


「多種多様な連中が冒険者になってるってことかね」

「例えば?」

「そうさな。亜人・・・・・・ゴブリンだとかオークっていう連中だろ。竜人も最近じゃ人里に下りてきてるね」

 脳裏に浮かぶのは、RPGで定番の半裸の亜人だった。

 大体、悪性の生き物という描かれ方が多い気がする。

 そんな連中が冒険者とはこれ如何に。

「定住したところに暮らす連中がどうしてって思うだろ?」

 いや、知らんけど。

「ずっと昔にもいなかったわけじゃない。だけどね、流行りっていうのには波があるのさ」

 いま亜人と分類される連中の中では、冒険者ってもんになるというのが流行っているそうだ。


「ま、もっぱら最近じゃ冒険は二の次。異文化コミュニケーションの色合いが強いそうさね」

 留学みたいな感じなんだろうか。

 いまいちピンと来ないし、分からんけど。


「お互いの習慣や風習は残ってるからね。例えば竜人」

 テーブル上に置いてあった質の良さそうな紙と羽ペンを手に取るとさらさらと筆を走らせる。

 紙面に描かれたのは、頭にかりんとうみたいな角を生やし、尻尾の生えた人の絵だった。

「こんな感じのが竜人。初対面で歯茎を見せると“来いよ、ぼこぼこにしてやる”の意味だから気をつけな」

「チンパンジーじゃん」

「異文化だから仕方ないさ。で、そろそろ」

 そうだった。

 話し込んでいる場合ではなかった。

 身分証明書代わりのものを手に入れ、Myトイレを探さねばならない。

 あとは寝れる場所の確保だ。


 しばらく教会で寝泊まりすることも考えたが、早朝からオルガンと思しき楽器が爆音を奏でるのだ。

 おちおち寝ていられない。


「ありがとう婆さん。じゃあ、俺は行くよ」

「ああ。だが待ちな。何買っていくんだい?」

 すっと立ち上がり、爽やかな笑顔で立ち去ろうとした俺を制すババア。

 忠告とかに夢中で忘れているだろうと思ったら、しっかりと覚えていた。


「・・・・・・」

「さ、好きなもんを一つでも二つでも選びな」

 振り返ったまま固まっている俺をせかすババア。

「くっ、覚えていたか」

「あんた、あたしゃこんな見た目だけどね、ボケちゃいないよ」

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