第5話 道に迷ったら人に聞けというが誰もが忙しいと声をかけづらい件

 小一時間後、自称神チヒロは去っていった。

 帰っていくときは、時空間に歪みができ、その中に消えていったのであながちウソでもなく、ガチな神なのだろう。

「ということで」

 一部始終を見つめていたシスターに言い訳しなければならない。

 切り出しかけたもののなんて言おう。

 実は、俺は異世界からやってきたんだ!

 無いな。

 現実でそんなこと言ったら、暑さで頭をヤラれた人だ。

 ではなんて言う?


 実は時を越えてやってきた魔法使いで。

 あー、ダメダメ。

 じゃあ、魔法を見せてください、なんて言われたら詰む。


 うんうん唸る俺を不思議そうに眺めたあと、シスターが口を開く。

「ユーマ様は異界からの旅人。ということですね?」

「理解の早い出来る女・・・・・・」

 顎に手をあて、ふむ、と唸るシスターウリウリは出来る女だった。

 まあ一部始終見てたら当然の答えなワケだが。

「ええ。もちろん! 私はできる子ですから!」

 ふふんと不敵に笑いながら、割とよくある事ですよ、と付け加えた。

「よくある事なんだ」

 そんなこと知らんやん。

 ウンウン唸っていたのがバカみたいだ。


「天使と呼ばれる方々は、別世界の人類の姿じゃないかとも言われてますし、今では見なくなりましたけど“神のなりそこない”も異界からやってきたと言われています」

「へー」

 何だかよくわかっていない顔で相槌を打つ。

 天使はかろうじて分かる。

 半裸で背中にアヒルみたいな色の羽が生えているヤツだ。

 んで、頭に輪っかが載っている。


「はい、それでは」

 ウリウリは踵を返すと入り口のドアだった場所に消えていく。

「夜も遅いのでおやすみなさい!」

 振り返った時には扉を支えていた蝶つがいが揺れているだけだった。

 来るときも疾風のようだったシスターは去っていく時も速かった。

「ああ、うん。おやすみ」

 とは言ったもののドアが無いのは、どうも落ち着かない。


 掛け布団を頭まで被る。

 無いよりましのパーソナルスペース。



 眠りにつくまでの少しの間、神チヒロの言葉を反芻する。


『ゴッデスポイントは冒険譚を綴るともらえるの。意味のない文は書いてもカウントされないからね』

 今晩のおかず、とか書いてもダメらしい。

 世知辛い。

『提出は必要ないから。不定期だけど勝手に読むの』

 何それ怖い。


『ゴッデスポイント? 形なんてないの。念じたら使える魔法のポイントなの』

 つまりは電子マネーみたいなもんだ。

『通貨に換金したり、魔法とか特殊能力だとかと交換したげるの。レートは高いけど』

 どれくらい高いのか分からないけど、空を飛べたりするのだろうか。

 ロマンチックな能力だ。

『お金に換えたら? ユーマの世界で言うと、1ポイント100円なの』

 とかも言っていた。

 つまり今500ポイント持っている俺は5万円相当を持ち歩いているという事だ。


「現実に帰りたい、とか思ったけど面白そうじゃん。ドラゴンに乗ったりできんのかな・・・・・・」

 どこまでファンタジーなのかは定かじゃないが、RPGとかのド定番というとドラゴンだ。

 男子たるもの、子ども時分は大体ドラゴンが好きになるものだ。たぶん。


 俺はまどろむ意識の中、ドラゴンの背に乗り、大空を駆け抜ける夢を見ていた。



 ―――。


 ――――――。


 ―――――――――。




「やべえぞ」


 質の悪い紙に書かれた質の悪い地図。

 頭の中に浮かぶ道順を“絵”としてアウトプットされたそれは粗雑の一言に尽きた。

 つまり地図を見てたら迷子になったってことだ。

「どこだ、ここは!」

 教会から出て直進。

 ふたつ目の大通りを右に曲がり、時計塔だろうか。

 いや、それっぽいのが見当たらないから煙突かもしれない。

 ウリウリ手書きの地図は解読困難だった。

「マジ、やべえ」

 もう一度呟く。

 しかしそこら辺の知らない人に尋ねる度胸は持ち合わせていない。


 とりあえず、自力で元いた場所に戻ろうとして、さらに迷ったとか笑えない。

 人が多い。

 とにかく人が多かった。


 朝8時くらいだというのに通勤ラッシュの都会の駅みたいな有様だ。

 人の波にもまれて、やっとこさ抜けだした先は路地裏。

 もはや表通りですら無いそこは、ウリウリの手書き地図にも載っていない。

「詰んだ」

 ガックリとうなだれて知らない人の玄関扉前に座り込む。

 冒険者登録すると身分証明書が発行される、と聞いた俺は「じゃあ登録だけしとくか」と教会を出てきた。

 が、冒険が始まる前に終わってしまうとは。


 今回は、さすがにウリウリが追いかけてくることは無いだろう。

 変な教会だったが、シスターとしての仕事があるはずだ。

「少し人波が引いてからにしよう・・・・・・」

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