第4話 ホマレイサナモリヤチヒロ

『あ、失敗したの・・・・・・』

 少し間をあけて、失敗したとかいう不穏な言葉。

 続けて体の上に重しが乗ったような窮屈感を覚えた。

「・・・・・・まあいいの」

 目の前から声が降ってくる。

 もぞもぞと腹の上で何かがうごめく。

「さあ! 起きるの!! ウチが直接来てやったの!!」


 急にフワフワとした体がベッドに押し付けられる感じに不快感を覚える。

 目を開けた先には巨乳が見えた。

 俺の上にまたがったそいつは着物を身に着け、狐耳が頭部から生えた八重歯のロリだった。

 若干、黄色味を帯びた白髪をかきあげ、そいつが不敵に笑う。

「ウチは神さまなの! さあ崇めるの!!」

「ママァァァァァァーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」

 俺は絶叫していた。


 いつの間にか部屋の中に幼女が入り込み、あまつさえ俺の上にまたがっていた。

 よりによって、腹の上というか俺のデリケートゾーン(意味深)のあたりにまたがっているのである。

「へ、変質者だああああああああ―――――――――――――――ッ!!!!!!」


 ドアは内側からかんぬき、つまりはカギが掛かっている。

 窓も閉じているし、天井の板が外れているワケでもない。

「どっから入ってきたぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」

「やかましいの!!!!!」

 絶叫する俺に対して、どっちがうるさいか分からなくなるような言葉の応酬。

 いつの間にか幼女の手にハリセンが握られている。


 スパァァァン!!!


 とても心地よい音が室内に響き渡る。

「ウチだってこんな姿勢は不本意なの! 不 本 意 なの!!」

 腹の上で幼女の体が揺れる。

「不本意ならどいてくれ!!」

 振り下ろされたハリセンを白刃止めする。

「ウチだってもっと厳かな感じにしたかったの!!

 顔真っ赤で憤慨する幼女。

「今からやり直せ! まだ遅くはない!! さあ!!」

 兎にも角にも不健全な絵面から脱出したい俺は声を張り上げる。


 さっき、驚きのあまり奇声を上げたのだ。

 シスターのひとりや二人、心配して覗きに来ないとも限らない。

 見られれば事である。

 古今東西、不埒な行為(未然)で罰せられるのは年上の男。


 つまり俺だ。


「ユーマ様! どうしました!?」


 ドンドンドンッ!


「言わんこっちゃない! 早く上からどいてくれ!!」

「ダメ! 妖術の反動で動けない!」

「ユーマ様? ブチ破りますよ!! ドアの前から離れていてください!!」

 流れるような展開で危機が迫る。

 アグレッシブすぎるだろ!

 なんだ、あのシスター!

「ぬおおおおおおおおおおッ!!!!!」

 こうなったら実力行使である。

 上に跨る自称神さまを掛け布団ごと持ち上げる。

「秘技 天地無双!!!」

「ぎゃああああああッ!!!!!」

 叫ぶ技名に意味はない。

 後々の言い訳につなげるための布石でしかない。


 掛け布団を吹っ飛ばす要領ですくいあげ、ロリ巨乳はベッドと壁の隙間に落下していった。

 断末魔を残しながら。


 と同時に部屋の扉がバラバラに砕け散る。

「大丈夫ですか?!」

 バカみたいにデカいメイスを振り抜いたシスターウリウリの姿がそこにあった。

 とんでもない怪力オバケだった。

「助かった!! ウリウリさん!!!」

「妖怪が出た!!!!」

 振り向きざまに答える。

 まるで部屋にゴキブリが出ましたみたいなニュアンス。

「え? なんですって???」


 ◆◇◆


「こほん。では改めて」

「テーブルに乗らないでください」

 部屋のテーブルの上に立つ幼女とそれを見上げる俺たち。

 行儀の悪さにウリウリの眉間にシワが寄る。

 一応、朱色の下駄は床にきれいに並べてはあった。

「我は八雲八柱がひとつ、ホマレイサナモリヤチヒロ。偉大なる神さまなの」

 肝が太いのか人の忠告を聞かないのかチヒロなる神はしゃべり続ける。

「知らない神様ですね」

 眉間にシワが寄ったままシスターが呟いた。

「そうなの?」

「ええ。八雲という国は確かにあるんですけど、確か千代様という神さましかいらっしゃらないような」

 ウリウリが唇に指をあて、首をかしげる。

「むむむむ・・・・・・」

 それを見たチヒロが低い声でうなった。

「じゃあ、この自称神さまは」

「ユーマ、ふけー罪なの。神を敬わないとゴッデスポイントをあげないの」

「ん!?」

 夢か現か、つい直近で見聞きしたワードが出たとたん、俺の体を電流みたいなものが駆け抜ける。

 もちろん比喩的な意味だが、こいつ、まさか・・・・・・。

「え、あのグラマラスなお姉さん?」

 夢の中? に出てきた狐耳のお姉さんは、もっとスタイルが良かった。

 チンチクリンな幼女ではなく。

「ん? んー? それはイサオメイヤイナリチグサ。お姉ちゃんなの」

「姉」

 目つきの悪さは似ている。

 そして、他人のところに物理的もしくは精神的に土足で踏み入る点も。


 なるほど。

 いまなすべき最善手は・・・・・・。


「えーと。ようこそお越しくださいました。我が女神」

 へへー、と時代劇で御上を崇める代官みたいなモーションを取り、崇めてみた。

 崇めよと言っているのだから正解であろう。


 俺はチラリと横を見る。

「・・・・・・」

 シスターが死んだ魚みたいな目で見つめていた。

 さらにロリ女神を見やる。

 ゴミを見るような目をしていた。


「・・・・・・」

 ふう、と一息つく。

 あれ、なんか間違えたかもしれん。

 まあ命に関わる事じゃないからいいか。

「まあ。過ぎたことは仕方がない」

 自分自身に言い聞かせる。

 時は進むしかないのだ。

 終わったことを悔やんでも仕方がない。

「いい加減なヤツなの」

「失礼だな。前向きなヤツだよ。俺は」

 はあ、と大げさにため息をついたチヒロがテーブルから降り立つ。

 ウリウリの眉間のシワが消失。


「はい。じゃあ、これ」

 着物の袖に片手を突っ込むとゴソゴソと中を漁る。

 そうして出てきたのは、キャンパスノートくらいの大きさの本だった。

「これは」

「それに物語を綴るの」

「あれはマジだったのか」


『そうだ。だが、世界で起こったことなど書き綴られても面白くないだろう? だから“おまえの物語”で魅せてもらおうか』


 脳裏を駆け抜ける思い出。

 といっても、つい数時間前くらいのことだが。


「ん」

 さらに袖の中をゴソゴソと漁ったチヒロの手には万年筆が握られていた。

「魔法のペンで所有者帰属。落としても手元に戻ってくるから」

「質に預けても手元に戻ってくるということか」

「ぶっ飛ばすよ?」

「すまん。続けて」

 羽のように軽いペンを胸ポケットにしまうと会話の続きを促す。

「えーと、ユーマ・トワイライト。女神の勅命なの。おまえの物語を綴るの」

 着物の襟を正すとチヒロは腰に手をあて、ふんぞり返る。

 厳かとは、ほど遠く、どっちかというとエラそうな態度だった。

 まあ、実際神さまを名乗るので偉いんだろうけど。

「綴った物語に対して、ゴッデスポイントをあげるの。ポイントはお金に換えたり、好きなものを購入するのに使えるの」

「なるほど。他には?」

 ファンタジーチックな異世界ともなれば魔法とか特殊能力とかあって当然だろう。

 ならば魔法が使えるようになったりしないかな、などと淡い期待を持ったりした。

「他には―――」

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