変わらない、変えられない。
久遠が代わりに死神さんを引き受けた人がまたしても亡くなった。久遠は分かりやすく落ち込んでいて、見かねた雪那は声をかける。もう何度も言っている言葉を。
「あなたのせいじゃないわ」
久遠も、決まって同じ言葉を返す。
「でも」
本当に、久遠のせいじゃないのだ。久遠は確かに見える人間の中では特殊だが、それでもただの人間なんだから。
久遠の背後の死神さんたちが、雪那を見ていた。あぁ、そうか。もう時間だよね。結局久遠は気付かなかった。きっと今回も、耐えられない。
「どこ行くの?」
「さて、どこでしょう」
雪那ははぐらかす。
「屋上?」
「うん」
「何で?」
「ふふ」
だって、言えないから。死神さんとの約束のことは。
雪那は走った。止められてしまう前に辿り着かなければならない。久遠は、進まなければならない。運命に抗えるんだから、生きていけるんだから。私と違って。
手すりを乗り越えて久遠を待つ。ドアが開いた音がした。振り返る。
「誰も救われなかったね」
朗らかに。穏やかに。
「そんなこと、言わないで」
久遠は泣きそうな顔をする。
「私も、あなたも。誰も、救われない。救えない」
だってあなたは、人間なんだから。何の力も持たないただの人間。
「死神さんが来た時点で、もう運命として決まるのよ」
だからあなたのせいじゃない。
「どうして知ってるの?」
雪那は何も言わずに笑う。
『時間だ。行こう』
約束通り、背後に現れた死神さんの手を取った。
「泣かないで。コレは、泣くようなことじゃない」
これはきっかけ。これは約束。久遠のための、私のための。久遠は生きていけるから。私が、久遠に生きていてほしいから。
だから私は飛び降りるの。
雪那は微笑みながら、今にも泣き出しそうな久遠を見た。
「進んで。久遠なら大丈夫だよ」
そう言って、死神さんに手を引かれるままに屋上から身を投げた。久遠が呆然としているのが見える。きっと久遠は、繰り返すだろう。それでも知らないふりをして、一緒に笑おう。
『さぁ、どうする?』
どうするなんて言われても。
「何ができるって言うんだ…?」
雨は、降らなかった。降りそうな空模様だったのに。
「我等は、曲がりなりにも神だ。故に時を戻せる」
その言葉に、久遠の思考は停止した。戻せる?時間を?どれくらい?
「…考え、させて…」
死神は何も言ってこなかった。
雪那が落ちて数時間は経ったというのに、なぜか騒ぎになることも警察が来ることもなかった。屋上から下を覗く勇気はない。それでも、雪那が落ちたことは間違いないはずだ。
「どうしたらいい…?」
分からない。まず警察を呼ぶ?家に帰る?それともこのまま呆然とする?どれも正解だとは思えない。
「戻せるって、どれくらい…?」
『そうだな…望むだけ、と言っておこう』
本当に、神様だったんだ。ただ死をもたらすだけの存在だと思っていた。
「本当に?」
『嘘はつかない』
それなら。
「僕は…」
死神を見る。死神はただ静かに久遠を見ていた。
「戻りたい」
どれくらい?いつが全ての始まりのきっかけだ?
『いいだろう』
どうしたら雪那が死なずに済む?解決策なんて何も浮かばなかったが、久遠は目を閉じた。
それから、何度も繰り返した。何度も何度も繰り返して、何度も何度も雪那の死を目の当たりにする。どれだけルートを変えても、行き着くエンディングは必ず同じ。
「どうして雪那は…」
「ん?」
は、と我に返る。
「ううん、何でもない」
どうして変わらない?どうして屋上に行ってしまう?どうしたら変えられるんだろう。思いつく限りのことは全てしてきたはずなのに。
ルートを間違えたと思っても、途中で時間を戻すことはできなかった。雪那の死を見届けてからでなければ、死神からの提案はない。
また、屋上。雪那の後ろ姿が見える。
「雪那」
「なぁに?」
「どうして、雪那は死んじゃうの?」
何も変えられない。雪那が振り返った。
「どうして、変わんないの?」
雨が降る。久遠と雪那を濡らしていく。そのくせ、雲の隙間から日が差し込んできて辺りは明るかった。
「……」
雪那が悲しそうに笑う。
「ねぇ久遠。私たちは、死神さんに愛された」
知ってるよ、それは。
「あなたもね、嫌われている訳じゃないんだよ」
久遠は黙って聞く。
「死神さんに愛された私たちは、例外なく死神さんを愛してしまう。だから、連れて行く必要がないの。私たちは自ら望むから」
「それって…」
「うん。でもね、久遠は特別なの」
「どういうこと?」
「どういうことだろうね?」
雪那は笑う。久遠は、誰も救えない。死神さんに愛された、ただの人間だから。でも、自分のことは救える。この先、何年も何十年も生きていける。私が飛び降りるのは、約束でもあるが自分で望んだことでもある。久遠に救ってほしいと思っている訳じゃない。
「できない。雪那が死んじゃうなら、僕は何度でも繰り返すよ」
久遠は泣いていた。とても悔しそうな顔で。あぁ、そんな顔しないで。私のことは置いていって。忘れないでくれればそれでいいから。
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