分岐点
「雪那?」
「何?」
「何で学校に向かってるの?」
「さて、何ででしょう」
はぐらかされた。公園を出て、雪那は学校へと歩き始めていた。
「雨、降りそうだね」
「…うん」
雨の匂いがした。空は曇っている。
「屋上に行くの?」
「そうだよ」
雪那が突然走り出した。階段を駆け上がっていく。
「えっ?ちょっと待って!」
少し遅れて久遠も走り出す。平坦な道なら久遠の方が速いが、階段はなぜか雪那の方が速い。
「雪那?」
雪那が、屋上の手すりの奥に立っている。
「ねぇ久遠」
朗らかに言いながら、雪那が振り返る。
「誰も救われなかったね」
何で、その言葉は。あの時の夢の。
「そんなこと、言わないで」
夢の通りに、震えた声は言葉を紡ぐ。
「私も、あなたも。誰も、救われない。救えない」
待ってくれ。そう言いたいのに声にならない。
「死神さんが来た時点で、もう運命として決まるのよ」
「え?」
夢と違う。でもそれは、雪那が落ちない保証にはならない。
「死神さんが来た後に、久遠が引きつけても意味がないの。1週間以内に死んじゃうんだよ。だから久遠のせいじゃない」
「そんなこと…」
言われたって。今さら知った所で。いや、それよりも。
「どうして知ってるの?」
雪那は曖昧に微笑んだ。答えてくれない?どうして?
『時間だ。行こう』
いつの間にか現れた死神は雪那に手を差し出す。その手を取って、雪那は久遠を見た。
「泣かないで。コレは、泣くようなことじゃない」
そのまま、ふっと屋上を飛び出した。
呆然と、ただ見ていることしかできなかった。目の前に誰もいないことを脳が認識し、体の力が抜けてへたり込む。雨が、いつの間にか降り始めていた。
『さぁ、どうする?』
どうするなんて言われても。
「何ができるって言うんだ…?」
死神は答えない。雨が、ほおを伝う。
「僕は……」
意識が途絶えた。
は、と目を開ける。瞬きをすると、涙がこぼれ落ちた。
「何の夢見てたんだっけ?」
何か、とても悲しかった気はするんだけど。ぼんやりとしていた久遠だったが、我に返って時計を見る。今日は4月2日の、今は7時30分。
「ヤバい!」
バタバタと着替えて家を出る。食パンを食べながら走っていると、雪那も合流してきた。
「寝坊?」
「そっちこそ」
何か変な感じがする。前にもこういうことあったような、そんな感じ。デジャヴ、って言うんだっけ?
部活には遅れてしまって、部長にこってりと絞られた。罰として片付けをすることになったのだが、久遠は部活中に怪我をして病院に来ていた。
「久遠、腕はどう?」
雪那が、ロビーで待っていた久遠の所に来る。
「骨折だって。人生初だよ」
「それは大変ね。しばらく部活できないじゃない」
「うん。それより、早く病院出たい…」
「あー、いっぱいいるもんね」
そう、病院にはやはりたくさんの死神がいる。受付でお金を払い、外に出た。
「だいぶ増えたな…」
「そうね」
だから病院は嫌なんだよな、と歩いていたら声をかけられた。
「ねぇ、君たちもしかして見える人?」
振り返ると、20代後半くらいの男がいた。
「いえ、幽霊とかそういうのは別に」
「じゃなくて死神さんのことだよ」
久遠と雪那は顔を見合わせる。
「えぇ、まぁ」
「やっぱりそうか。俺も見えるから何となくそうかなって思ったんだ」
雪那を見て、久遠を見る。
「君は…何というか特殊だね」
「そうですか?」
「あぁ。背後にたくさんの死神さんの影が見える」
「影?」
雪那が反応した。
「君たちははっきり見えるの?」
「はい」
「何なら会話もできますけど」
「えっ、死神さんと会話⁉︎それだとそっちの女の子も特殊だな」
「特殊って何が?」
「俺はぼんやりとしか見えないから。そこまではっきり見える人もそんなに多くないし、ましてや会話なんて初めて聞いた」
久遠はそもそも、死神が見える人を雪那以外に知らなかったのではっきり見えるのが珍しいことも知らなかった。
「そして君。見える人ってのは大概スルーされるのに、そんなにたくさんの死神さんを背負ってるのは特殊というか異例というか…」
「そうなんですか」
「あーっと、ちょっとごめんなさい」
電話がかかってきたみたいで、雪那はどこかへ行ってしまった。
「君は、死神さんのことをどう思う?」
「どうって、別に。死神は死神じゃないですか?」
「なるほどね」
その人は納得したように頷く。
「君は気付いてないのか」
「何に?」
「自分で気付かなければならないことだよ。いずれ分かるだろう」
謎めいた言葉を言って、男は微笑んだ。
「ごめん、お待たせ」
雪那が来た。
「あ、うん」
「それじゃあ俺ももう行くよ。突然話しかけてごめんな」
「いえ」
「じゃあ私たちも帰ろうか」
「うん」
男と反対方向へ歩き出し、家に帰った。
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