救えなかった?

ある6月のトイレでのことだった。雪那は個室から出ようとしたが出られずにいた。

「ねぇねぇ、○組の○○ちゃんってさ〜」

「あ、聞いたことある!もう彼氏できたんでしょ〜?」

「え、誰?」

「あのイケメンでしょ?」

女子特有の噂話を盗み聞きするつもりはなくともそうなってしまっているからだ。

(タイミング逃した…)

「何か意外かも〜。というか彼氏欲しーなー」

「だよねー。イケメンといえば先輩にもいるよね、かっこいい人」

「いるいる、マジ顔面良すぎるんだけど」

ため息をぐっとこらえ、雪那は黙って聞く。

「てかさ、うちのクラスにもいるよね。隠れイケメン」

「え〜、誰かいるっけ?」

「イケメンもいるけどさ、よくよく見たらあれ、この人…ってなったんだよね」

「何、その人のこと好きなの?」

「無理無理、絶対ヤダ。根暗そうだし」

「で、誰なの?」

雪那もちょっと気になった。

「ほら、早坂久遠って人」

思わず咳き込みそうになる。まさかそこで久遠の名前が出てくるとは。

「あー、ちょっと分かるかも。たまに見える笑顔とか」

「フツーに優しいし笑顔になった時とかちょっとカワイイって思っちゃった」

「でもさ〜…」

そこまで聞いて、雪那は水を流して個室を出た。

「何の話してるの?」

「あ、白石さん。もしかして聞いてたー?」

「うん、誰が誰の彼氏とかって辺りからー」

「あはは、それほとんど最初じゃん」

まさか久遠が女子たちに人気だったとは、と思いつつも猫を10枚くらい被って一緒に笑う。

「それでー?今は何の話?久遠って聞こえたんだけど」

「そうそう、早坂くんって隠れイケメンだよねって」

「でもでも、隣になったことあるけど1人でブツブツ呟いてたりどこ見てるか分からないこととかしょっちゅうだったよ?」

「そこなんだよねー、それさえなければ私、告白してたかも!」

キャー、と周りの女子たちがそう言った女子をからかう。

「そういえば白石さんって早坂くんと仲良いよね」

「雪那でいいよ。うん、久遠とは昔からの知り合いでね」

「あ、じゃあ雪那ね。雪那は早坂くんと付き合ってるの?」

ヒュ、と息を吸った。それから思わず咳き込む。

「ないない、好きとかそんなんじゃないよ。さっき言ってた通り、久遠は変人だから」

「うわー、辛辣ー」

「でもまぁ、隠れイケメンってのには賛成かな。たまに見せる笑顔とかそこらの男子じゃ敵わないもん」

これは本当にそう思ってる。時々ふっと笑う時があるけど、そういう時には思わずドキッとしなくもない。

「ま、結論は変人ってことだよね〜」

「うん」


帰り道で久遠と会った時に、女子たちとの会話を伝えてみた。

「何ちゃっかり僕のことディスってるの…」

「違うわよ、褒めてるの」

「全然そう聞こえなかったんだけど?」

「それは受け取り方の問題ね」

「そーですか。というかもう変人認定されてたんだ…」

「死神さんって授業中とか話しかけてくるの?」

「うん、まぁ割と。迷惑してる」

『迷惑とは何だ。質問しているだけではないか』

「それが迷惑なの」

公園を通りかかった。ベンチに、あの時の子供の母親が座っていた。

「…喪服?」

「…そう、みたいだね」

雪那の顔が途端に暗くなった。

「あの子は?」

「分からない」

「そうだよね」

大体の予想はついた。なぜ子供がいないのか。うなだれているようにも見える母親を横目に久遠と雪那は歩き出したのだが、

「あのっ」

呼び止められた。

「はい?」

「あの時あの子と遊んでくれた子たちよね?」

「そうです」

「ありがとう、ございました…」

深々と頭を下げられる。その姿に、久遠は確信した。

「あの子は…」

「亡くなりました」

久遠は黙った。どうして、という疑問が頭の中で渦巻いた。助けられたんじゃなかったのか?

「久遠」

雪那の方を見る。

「あなたのせいじゃないわ」

「でも」

「あなたのせいじゃない」

雪那は真っ直ぐ久遠を見るが、久遠はすぐに目を逸らした。

「もう、行こうか」

「そうだね…」

歩き出した雪那についていく。

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