救えた?
「厄介だよね。追い払えないんだから自分が離れるしかないんだもん」
久遠は大きく頷いた。さっき部長から逃げたのは、久遠の側にいる死神が部長の方へ行こうとしたからだ。こういうことはよくある。その度に逃げているから、変な人だと思われているだろう。
『ならば逃げなければ良い』
背後から久遠でも雪那でもない声が聞こえてきた。死神だ。
「そういう訳にはいかないだろ」
『我等としてはその方がいいのだがな』
そういえば以前に話しかけられた時は、まさか死神と会話ができるとは思っていなかったので驚いて固まってしまったな。
「じゃあ僕なんかに憑くなよ」
そう言うと、死神たちは決まって黙り込む。よく分からない奴らだ。
「で、部長はなんて?」
「私たちで片付けしろだって。いつも準備には遅れてるから」
「あぁ、罰則ってそれか…」
「ちゃんとやればすぐ終わるでしょ」
久遠は頷いた。
ちゃんとやるんだよ、と部長に釘を刺されて片付けをした後、久遠と雪那は並んで歩いていた。
「あー、疲れたぁ」
「そうだね。でもまぁ、私たちだけランニング、とかじゃなくて良かったよ」
その言葉に、久遠は大きく頷く。
「走るの嫌いだから本当に良かった」
雪那が笑ったのを見て、久遠も微笑む。
「そういえば春休みの宿題終わった?」
そう言うと、雪那は分かりやすく青ざめた。
「あ、終わってないんだね」
「ちょっと、嫌なこと言わないでよね。というか久遠こそ終わってるの?」
「もちろん。僕は計画的に進めるタイプなんだよ」
少し自慢げに言った。
こんな日常会話をしている時には、死神たちは口を開かない。そもそも話しかけてくること自体が稀だ。そして不思議なことに、雪那には近付こうとしない。だから久遠は雪那の隣を歩けるんだけど。
「…あ」
雪那が、公園の方を見て立ち止まった。その視線を追って、久遠も公園の方を見る。
「あれって…」
『同胞だな』
死神が言った。遊んでいる5歳くらいの子の背後に、死神がいる。まだ久遠には気が付いてないみたいで、寄ってきたりはしていない。
「ちょっと久遠!」
公園に入ろうとする久遠を、雪那は止めた。
「何?」
「何、じゃないわ。また死神さんを引き受けるの?」
「うん」
「どうして?このまま通り過ぎれば気付かれずに済むのに」
久遠は首を振った。
「僕らのこの目は死神を見ることしかできない。追い払える力がある訳でもない。けど、僕は死神に狙われてるから。あの子の代わりに引き受けられるなら引き受けたいんだ」
「久遠が危なくなるかもしれないのに?」
「今のところ身の危険を感じたことはないし、あんな小さな子が死ぬと分かっててほっとけないよ」
死神がいなくなれば、きっと長生きできるはずだ。
「…そんなことしたって…」
「ん?」
「ううん、何でもない。そうね、久遠がいいのなら止めないわ」
雪那がどこか悲しそうに笑ったが、久遠はそれに気付くことなく公園へと入っていた。
「こんにちは」
久遠は人懐っこい笑みを浮かべながら1人で遊んでいる子の側にしゃがみ込んだ。
「こんにちは」
キョトンとした顔でその子は久遠を見た。雪那も久遠の隣にしゃがむ。死神は、もう既に久遠の背後にいる。久遠もそれに気付いていたが、ちらりと横目で見てすぐに視線を戻した。
「1人で遊んでいるの?」
「うん」
「友達は?」
「もう帰っちゃった」
「そっか」
確かにもう昼だ。
「何をしてるの?」
雪那が聞いた。
「おままごと」
「楽しい?」
「うん」
雪那が久遠の方を見る。会話が続かない、という顔だ。
「お母さんは?」
「もうすぐ来るよ」
「じゃあそれまで一緒に遊ぼうかな。いい?」
「ホント?うれしい!じゃあお兄ちゃんはお父さん役ね」
一緒に遊ぶ、と聞いた瞬間にその子は目を輝かせて久遠を見た。友達が帰ってしまって寂しかったのだろうか。
「あ、お母さん!」
その子が言った通り、10分くらいして母親と思われる人が公園に現れた。
「まぁ、遊んでもらってたの?」
「うん!」
「そう。良かったわね」
母親はにこにこと笑う子の頭を撫でながら久遠と雪那を見て、
「ありがとうございました」
と言った。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、またね!」
手を振られたので手を振り返す。
「またね」
「じゃあね」
それぞれに言った。
「…帰ろっか」
「そうね」
んー、と背伸びをしながら久遠は歩き出す。
「…またねなんて、ないのにね」
「えっ?」
「何でもないよ。帰ろう。お腹すいちゃった」
「…うん」
雪那が呟いた言葉に、久遠は首を傾げた。あの子の背後に、もう死神はいないはずなのに。
「それじゃあ、また学校で」
「うん。同じクラスだといいね」
「そうだなぁ、雪那がいるとだいぶ気が楽だから」
「私もかなー。こんなこと、誰にも分かってもらえないもんね」
久遠は頷く。
「ま、先生たち次第だけど」
「もー、そういうこと言わないのー」
2人して笑い、雪那と別れた。
『お前、我等が怖くないのか?』
公園で新しく久遠についてきた死神が聞いてきた。
「んー、よく分かんないかな。だってあんたら、ずっと黙って後ろにいるだけなんだもん」
慣れてきたらさほど気にならない。
『…そうか。我等の事をどう思う?』
「どうって言われても…」
今回の死神はよくしゃべるな。
「死神は死神なんじゃないの?」
『あぁ、そうだな。確かにそうだ』
少し笑っているように見えたけど、どこに笑う要素があったんだろう?
「ずっと思ってるんだけど、僕に憑いてていいの?仕事サボってたりしない?」
『何を言う。我等がお前の背後にいるということは、その分だけ死ぬ人間が減ってるということだぞ』
「いやだって、いつ周りの人に近付いてくか気が気じゃないから」
僕は神様じゃない。見えない所で誰かが死神に連れて行かれても、それは運命だったとしか言いようがない。だから他人事として捉えるだろうけど、目の前で自分に憑いている死神が誰かを連れて行ってしまったら、きっと自分のせいだと思ってしまうから。
「何で僕なんかに憑くんだよ」
憑くなら憑くで、さっさと連れて行けばいいのに。いや良くはないんだけど。
『……』
また、死神たちは黙り込んだ。
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