僕と彼女と死神と。

軽原 海

夢の終わり

「誰も救われなかったね」

朗らかに、彼女は言った。穏やかに笑って僕を見る。

「そんなこと、言わないで」

彼女が置かれている状況を見れば、言うべきことはこんな言葉じゃないって分かってるのに、それしか言えなかった。

「私も、あなたも。誰も救われない。救えない」

彼女は笑う。伸ばした手が届くこともなく、待って、と言いかけた言葉が声になる前に。笑って、落ちた。死神とともに。


「どうして…?」


分からない。どうして彼女は、雪那せつなは落ちた?どうして笑っていた?


『さぁ、どうする?』


後ろから声が聞こえる。どうするって、何をどうできるというんだ。


「僕は…」


言いかけた途端、視界がプツリと途切れた。






彼と会って変わった。自分でも分かる。ひと目見た時から確信した。あぁ仲間だ、と。だけど彼は特別だと。やっと本音で話せる人が、理解してくれる人が現れたと。無意識に変なことを言わないように気を付けていたのが、彼に対してだけは気楽に接することができたからか無邪気にはしゃげた。


彼は死神さんにとって特別で、私にとっても特別だった。


第1印象は最悪だった。自覚はある。だっていきなり死神さんに追いかけ回されて辿り着いた先にいた人なんて、怖いだけだ。でも、涙を目に浮かべて走ってきた彼に、私は喜んでいたんだ。やっと会えた。誰も理解してくれない秘密を理解してくれる人に。うれしかった。その時までは、話し相手なんて死神さんしかいなかったから。


だから、私は。






は、と大きく息を吸って早坂久遠はやさかくおんは目を開ける。

「…夢?」

見慣れた天井。見慣れた部屋。ここは自分の部屋だ。今日は4月2日。今は朝の7時30分。

「…30分⁉︎」

ヤバい、普通に部活あるのにこれじゃ遅刻だ。ベッドから飛び起きてジャージに着替える。バタバタとリビングへ入り食パンを 1枚口にくわえて家を出る。

「行ってきます!」

「いってらっしゃーい」

家族は、いつも通りだなぁと久遠のことを見ているのだろう。久遠は朝に弱い。そのせいで毎朝こんな感じなんだから。

「久遠!」

そしてこの声も。隣に並んで同じように食パンを食べながら走っている少女の名前は白石雪那しらいしせつなだ。彼女も同じ部活所属で寝坊常習犯。毎朝2人して走っている。

「雪那も寝坊?」

「そっちこそ」

雪那とは割と古い付き合いで、変に縁がある。初めて会ったのは病院だったけど、これまた変な出会いだった。

「今日こそ遅刻かな?」

「それはヤバいね。部長、怒ると怖いから」

赤信号で止まった時に、息を整えながらそんな会話をした。


部活開始数秒前に滑り込んだ2人は慌てて並ぶ。ミーティングが終わると同時に、部長はとても冷ややかな声で言った。

「…白石雪那、早坂久遠。君たちちょっとこっち来ようか?」

ギリギリセーフかと思ったのに、と2人は顔を見合わせて青ざめる。

「「は、はい…」」

部長が仁王立ちして2人を見下ろした。縮こまって2人はとにかく黙る。

「君たち今年から高校2年生だよね?」

「…はい」

「後輩が入ってきてもその調子を続けるつもり?」

「いえ」

ぶんぶんと首を振って久遠は否定する。

「ちゃんと起きようとはしてるんです。目覚ましを3つ枕元に置いたり」

「で?」

「えーと…」

起きれていないので何も言えない。久遠は心の中で大きなため息をつく。目覚まし時計で起きれるなら苦労しないんだよな。

「すみませんでした…」

「雪那は?」

「い、以後気をつけます…」

はぁ、と部長がため息をついて、

「まぁ今日はこれくらいにしてあげよう。君たちが起きれないってのは今に始まったことじゃないしね」

と言った。そのひと言に久遠と雪那はほっと息を吐いた。

「けど罰則なしって訳にもいかないから…」

「…っごめんなさい!ちょっとトイレ行ってきます!」

久遠は突然走り出した。まるで慌てて逃げているかのように。

「久遠、時々こういうのあるけどホント何?」

「さぁ?」

部長の怪訝そうな顔に、雪那は曖昧に笑った。


周りに誰もいないことを確認して、久遠は深くため息をつく。危なかった。すぐ気を抜くとこれだ。

「危なかったねぇ」

雪那が歩いてきた。

「うん」

「ねぇ、また増えてるんじゃない?…死神さん」

雪那が久遠の後ろの方に視線を向ける。誰もいないはずの空間を見つめる。久遠も後ろを見た。

「増えてるよ。昨日、捨て猫見つけてさ」

「なるほど」

雪那との変な縁。これは、誰にも理解されない悩み事と深く関わっている。




この世界には、死神が見える目を持つ人間がいる。雪那や僕のことだ。そういう人間は死神に愛され、姿を見ることを許された存在らしい。だけど、見えるだけ。追い払うこともできないし、見えるからといって死神に狙われる訳でもない…はずなのに。


僕は嫌われている。


久遠の背後には、たくさんの死神がいた。まぁつまり、狙われてるという訳だ。理由は何となく分かっている。死神に愛され、その姿を映す目というのは生まれつきであることがほとんどなのに対し、久遠の目は後天性。事故で目を怪我して以来、死神が見えるようになった。だから久遠は死神に愛されていない。愛していない者がその姿を見ることを許さないのか、見かけるたびに死神は久遠の側を離れなくなるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る