第六夜 「6円玉を拾ったよ!」
ドタバタとうるさい音に
「お兄ちゃんお兄ちゃん、僕、6円玉拾ったよ!」
「鍵なんかかかってないよ、とっとと部屋入れ」
あくびをかみ殺しながら魁斗は部屋の照明を灯した。ベッドの上に何台ものリモコンが散らばっている。
「体調大丈夫?」
心配そうな顔の光輝に、
「大丈夫だ、だいぶ具合はいい。それよりいま何時だ?」
「もう六時だよ」
ふう、と魁斗はため息をついた。「飯の用意をしなきゃならないが、もうそんな時間か。出前にするか?」
「出前よりウーバーイーツがいい。ねえ、夜マックしようよ」
「あんなもん、夜に食べるもんじゃないだろ。それに俺はウーバーイーツは嫌いだ」
頬を膨らませて光輝、
「お兄ちゃんって引きこもりのくせにお父さんみたいなこというよね」
「それより1円玉がどうしたって?」
「1円玉じゃないよ、6円玉だよ!」
サイドテーブルというよりちゃぶ台といったほうがお似合いの卓の上に、光輝は手の中のものをそっと置いた。
魁斗もベッドで腰を滑らせ座った形になると、卓の上の硬貨に目をやった。パッと見、くすんだ百円玉に見えた。が中央に穴が空いている。何かの部品だろうか、ボルトとナットの間に挟まっているような。
「手にとってもいいか?」
「もちろん!」
指先でつまみ、表面を見る。穴の下に「6円」と描かれ、他に意匠はない。裏返すと上半分に「平成28年」、下半分に「日本国」とある。誰かのいたずらにしては良く出来すぎているし、使われたようなくたびれた雰囲気があった。
「6円玉だな」
「6円玉でしょ?」
自慢げな弟に向かって、魁斗は厳しい口調でいった。「こういう変なものは拾ってくるなって前からいってるだろ。どうするんだ呪いの品とかだったら。道端の石だって誰かの情が絡んでるかもしれないから持ってきちゃダメだって母さんも——」
いってからハッとした。光輝には、きっとそんな記憶なんてない。
「だって。珍しいから」
気づいてないのか、気づいてあえて気づかないふりをしたのか、シュンとした表情の光輝へ、
「確かに珍しいし、気持はわからんでもないけども……」
杞憂だったようだ。
「で、お兄ちゃんはどう思う?」
目をキラキラさせて光輝がいった。
「現実的に考えるなら、誰かの作った偽物ってとこだろうな。……いや、6円なんてそもそもないんだから偽物ってことはないか」
「なんのために?」
「いたずらだろ。誰かが拾ってびっくりするのを見て楽しむとか」
「でも、だったらぼくがこれ持って行こうとしたら止めるんじゃないの。なんかコレ作るの難しそうだし、持ってかれるのは困りそうじゃない。他にもたくさんの人を驚かせたいだろうし」
「確かに。しかし、そうすると現実的じゃない案しか出てこないぞ」
「僕はそういうの聞きたいんだよねえ」
「まず、可能性として考えられるのはパラレルワールドから持ってこられたモノ、だ」
「ここと良く似た別の世界、ね。そこではこのお金が使われてる?」
「昔、掲示板とかでよくあったんだが、ずっと昭和が続いてたりとか、変な道具があったりとか、変わったお金が使われてたりとかはよくある例で、けれどお金なんてデザインの差はあったとしても、基本的にはそんな変わりようがないと思うんだ。6円が一単位というのは、どうにも使い勝手が悪そうじゃないか」
「指が6本あるとか」
「それはもうパラレルじゃなくて、別世界とか異世界だな。四分の一とか三分の一とかなら単位としてあるかもしれないが、それにしても6は使い勝手が悪すぎる」
「次の案は?」
「気が早いな。誰かが記念とか呪術的効果を狙って作った、お金ではない何か、かな」
「ずいぶん現実的じゃない?」
「異世界に比べれば現実的だけど、実際に作るとしたらこんなに硬貨に似せて作らないよ。お金の偽造ってのは結構重い罪だしね。特にこの『日本国』というのはヤバい気がするね」
「でも、他にも案ある?」
「ない。……ひとまずこの線で考えてみるか。ところで光輝、お腹は減ってないのか。こんな時間まで遊び歩いて」
「お腹は減ってるけど、ひとまずスッキリしたい。でっちあげでいいから何か考えてよ」
「仕方ないな。……呪術というのとはちがうかもしれないが、『五円』というのはよくお賽銭なんかに使われる。なぜだ?」
「ご縁があるというのでしょ、そのぐらいは知ってる」
「穴が空いてるところから考えても、五円に寄せているような気がするんだな。なのに6円。つまり『ご縁じゃない』」
「でも色的には1円とか50円とかに近いよ。50円なら穴も空いてるし」
「とりあえず、そこはおいといとくれ。……で、だ。『ご縁じゃない』ものを使うとしたらどういうときだと思う」
「別れるとき? 別れたいとき? あ、わかった、わら人形とかそういうのを思い浮かべてるんだね、あれの仲間ねえ。なるほど」
「もしかしてお前、そろそろ空腹の限界なんじゃないか?」
「そんなことないよ、そんなことないけど、きっとそういうことだよ。うん、スッキリした! 今日は五十番、それとも一夢庵、どっちにするの?」
「今日は五目そばが食べたいかな、……おい」
「じゃあ注文しちゃうね、ぼくはチャーハンにしよ!」
すっかり6円玉に興味をなくして階段を降りていった光輝に、食後にでもきつくいっておかないとな、と魁斗は思った。
6円と聞いてまず思い浮かんだのが六文銭だった。
「6」の響きと、真ん中の穴。
三途の川の渡り賃。
六枚集めるとなのか、三枚集めるとなのか、そこらへんはわからないが、とにかく何枚か集めてしまうと彼岸につれていかれてしまうのではないか。
単なる妄想かもしれないが、妙な存在感のあるこの6円玉は、決して単なるいたずらの類いではないように思えた。
明日の朝には泊り仕事から戻ってくる
もし父親が、この6円玉の存在を知っていたとしたら。光輝が物心つく前に行方知れずとなった母親が、やはりこんなものを拾っていたのだとしたら。
あの人には、そういうところがあった。そうして痛い目を経験してるからこそ、息子には口を酸っぱくしていうようなところも。
考えると怖くなってくる。ひとまずは、このことは忘れよう、そう思った。
もうじき母の失踪宣告が成立する。
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