第五夜 「五分割の愛人」

第五夜 五分割の愛人


 朝起きると愛人が死んでいた。床に。バラバラに切り離されて。

 ふむ、と私は裸のままベッドから降り、しげしげと死体を眺めた。

 基本的に仰向けである。死体もまた裸だ。

 頭、それから右肩から左脇腹まで切られた左腕とワンセットの上半身の半身。右腕はかろうじて右上半身と繋がってるが、切った位置が悪いせいかすぐにも千切れて取れてしまいそうだ。

 下半身は逆に右側の方が容量が多い。腰から下、引くことの左膝下といった塩梅。転がったのか少し離れて左膝より下が転がっている。つま先が向こうを向いていた。

 私は、なぜこんな雑な切り方をしたのだろうと考えた。普通に切り離すなら頭と四肢と胴体でいいのではないか。組み木のパズルじゃあるまいし。

 パズルという単語と同時に旧いミステリを思い出した。

——あれとは違うな。

 股間の逸物イチモツはだらりと垂れ下がり、そこは切り取られていない。ここまで猟奇的であれば切り取られているほうが——

 と考えてから、そこまで猟奇的な絵面でもないな、と思い直す。なぜか?

 あごに手をあて数秒考えてから、わかった。血だ。血が流れていないのだ。

 なるほど、犯人がわかった。これはユダヤ系の高利貸しの仕業だ。

 冗談ではなく一瞬本気だったのだが、そんな方法があるのならシェイクスピアもさぞお困りだろう。

 血の跡の一切ない、奇妙に切断された五分割の死体。

 合理的に考えるなら、相手を切りながら血を吸うのが好きな吸血鬼(しかもかなりの大喰らい)の仕業、というところだろうか。切りながら吸うのでは難しいか。吸ってからか。それにしては瑞々しい……。

「おい、吸血鬼」と声が聞こえた。声は頭部からだった。目がぎょろりとこちらを見ていた。「あんまりジロジロ見るな、恥ずかしい」

「股間ばかり見ていたわけでもないが」

「恥ずかしいのは動けない状態をじろじろ見られてることだ。とっととくっつけてくれ」

 頭の位置はそのままに、上半身を寄せ合わせてから首の位置を合わせ、側面に回ってから右下半身をひきずった。それから男の躰をぴょいと飛び越え、転がっていた左膝下をくっつける。

「これでいいのか?」

「ああ、もう神経も通った」

 なぜか顔を背けて男が言うので、はたと思いあたって見ると股間の逸物が屹立していた。若いことで。

 男に手を差し出し、立たせてやるとふたりでベッドに腰掛けた。

「ところでどうして私まで裸なんだ、愛人君」

「それはおまえの嫁に聞け」

「君をそんなにしたのは私なのか? 酔っ払って?」

「こうなったのは君らの痴話喧嘩に巻き込まれたせいだ。投げるのはせめてテーブルや椅子にしてくれ。普通なら死んでる」

 聞けば男は生ける屍リビングデッドなのだという。吸う血もない、本来ならあいつが求めるような相手でもない。いや、見た目に惹かれたのか。

「ところであいつはどこいったんだ?」

「腹減ったから朝飯を買いに行くといって戻ってこない。こんな俺をほったらかしにしてだぞ、血も涙もない!」

 男はニヤッと笑った。ゾンビジョークか何かなのかもしれない。あえて聞き流して、

「君は間男である自覚はあるのかい、本来であれば八つ裂きにされても仕方ないのだぞ」

 ぷっと男が吹き出し、私も笑った。ひとしきり笑ったあと、私は男の逸物をつかんだ。

「ところで君はイケるくちなのかい、私の裸を見ておったてたんだろ」

「嫌いではない、吸血鬼は美形だしな」

「あいつは一旦外へ出るとなかなか戻ってこない。どうせ暇なんだ、男同士裸の付き合いといこうじゃないか」

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