第37話 心の波

「……すっかり冷めちゃっていますね」

「そりゃ、結構時間経ってるからね。僕たちより先に受け取っているんだから」

「……はは、そうですね」

涼は苦笑いする。


ドーリッシュは自分の包みを開け、涼もそれに習って包みを開ける。

「いただきます」

「……いただきます」

二人はスプーンでそれぞれの容器から、カレードリアをすくって口に運ぶ。

「……うん、美味しいねぇ」

「はい……」

「そういえば、涼はカレードリアが大好きなんだってね?」

「もしかして……」

「うん、店長から聞いた」

「そうなんですね……。俺の大好物です」

「僕もカレーが好きなんだ」

「確か、店長が言っていた気がします」

「やっぱりね」

ドーリッシュは笑って言う。

「まあ、それぞれ好きな物があるからさ。キルシーも海鮮オムライスが大好きだし」

涼はそれを聞いて思い出す。

初仕事を終えた後、キルシェが美味しそうに海鮮オムライスを口にしていたことを。

その時に、とても幸せそうな顔をしていたこと。

ジーンも嬉しそうな顔をしていたことを。

いつか聞いてみたいと思った、ジーンが料理人であろうと思った理由を、ようやく理解できた気がした。


「気づいているとは思うけど」

「はい……」

「店長、気にしていたぞ」

「え? もしかして……」

「そう。涼は繊細なところがあるように思えたし、明日から来てくれなかったら困るって」

「もしかして……」

「ああ、違うよ。僕が個人的に連れてきたのさ。言っただろう? 僕は世話を焼くことが好きなんだって」

「ドーリッシュさんて、本当頼れる兄貴って感じですよね」

「本当かい? それは嬉しいねぇ」

ドーリッシュは照れたかのような笑顔で答える。

船は緩やかで穏やかな波を受け、わずかに揺れている。

「海の風はあまり感じませんね」

「今日はとてもいい穏やかさだよ。海も荒れる日があるだろう? 人間も同じで、穏やかな日もあれば荒れる日だってある。お客さんの前だったり、人に手をあげたりしなきゃ、荒れる日もあっていい、僕が話を聞くからさ。だから明日からも頼むよ」

「ありがとうございます」

涼はポタポタと自分の目から涙が零れていく感覚に戸惑った。


「うん? どうしたんだい? 気分でも悪くなっちゃったか?」

「ち、違います……!」

「はは、なるほど。いろいろと感極まっちゃったんだね」

「……そういうことにしておいてください」

「はいはい」

ドーリッシュは笑って、煙草に火をつけた。

海を眺めながら、ドーリッシュはゆっくりと船を動かした。

「そろそろ陸に戻ろうか」

「はい……」

涼はドーリッシュを手伝う。

「あ、あの、ドーリッシュさん……」

「うん?」

「空、雲が出てきて……」

「ああ、そうだね。何とか天気がもってくれると良いんだけど」

ドーリッシュにしては、珍しく困り顔をしている。


「いざとなったら、俺が泳いで船を……」

「キミ、手をケガしているということを忘れていないだろうね?」

「あっ……」

ドーリッシュは苦笑いしている。

恐らく、必死になりすぎたあまり、涼は気遣いのつもりで言ったのかもしれない。

「気持ちは受け取るよ、ありがとう」

「す、すみません……」

涼は恥ずかしそうな消え入りそうな声で言う。

「座ってな」

ドーリッシュは少しきつめの声で言う。

「少し荒れてき始めてしまったな……」

「陸は見えています!」

「ああ、もう少しだ。頼むから、もう少し大人しくしていておくれよ……」

ドーリッシュは祈るように言う。

「あと少し……!」

「うわっ……!」

涼は船の中で立ち上がろうとして、バランスを崩した。

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