第36話 落ち込む夜

涼はちりとりにお皿の割れた破片などを集めて、裏に持っていく。

ちりとりと箒を戻しに行ったタイミングで、ジーンはㇵッ! と気が付いた。

「そうだ、涼くん! ちょっと待ってね」

「は、はい……」

ジーンは涼を呼び止める。

「約束していたよね」

ジーンは笑顔で小包を渡した。

「あちっ!」

「焼きたてだからね」

ジーンは笑顔で言う。

「……良い匂いがする」

「話していただろう? カレードリアを作るって」

賄いの約束を、ジーンはしっかり覚えていた。

「だからさ、また明日もお願いね。まずは、美味しいものを食べて、元気を出すことだよ」

「ありがとうございます、店長」

涼は精一杯の笑顔で返事をした。


涼は先に部屋に戻ってくる。

他の寮の住民たちは、まだ仕事をしている。

「皆はまだ仕事してるのに……」

机にジーンからもらった小包を置く。

「店長にも、他の皆にも気を使わせて、俺は何をしているんだろう……」

何となく、包みを開ける気にならない。

ストレスを抱えすぎると、どうにも食欲がなくなってしまうのである。


ただぼんやりと部屋で過ごしていた。

そんな時にチャイムが鳴る。

「はい」

「お、いたいた。良かった」

「ドーリッシュさん?」

「なんだか顔色良くないなぁ。店長から渡されたご飯食べた? まだならさ、良い場所知ってるんだ」

「え……?」

涼は戸惑うばかりである。

「ちょっとおいで」

「え?」

ドーリッシュはすっかり冷めた小包と、戸惑ったままの涼を連れ出す。


「あのー……、ここは?」

「ここ? 船の上」

「いや、それはわかるんですけど……」

涼はドーリッシュに船まで連れて来られていた。

ドーリッシュは煙草に火をつける。

「ま、ケガのことで悩んでいることぐらいはわかってるよ」

ふぅ、とドーリッシュは煙を吐く。

「少し、気晴らしにでもなればと思ってね」

「放っておいてくださって良いんですけど……」

「そう言いなさんな」

ドーリッシュは笑いながら、船を操作している。

船はどんどん海に出て、陸は遠くなっていく。


「さてと、頃合いかな」

「な、何がですか……?」

「そこで寝転がって上を見てみな」

「上……?」

涼は言われたとおりにする。


「今って、夏ですよね……?」

「ああ、そうだよ。だが、夏だけど美しいだろう?」

ドーリッシュの言うとおりだった。

目の前に広がっている景色は、満天の星空。

これを美しいといわず、何というのだろう?

そんな気持ちになる。


「僕もさ、オーダーを間違えたり、料理を運んでいる間に転んだり、お皿を割って切り傷を作ったり、いろいろミスをしたよ。だから、涼の気持ちなら分かる。結構凹むよな……」

「ドーリッシュさんが……? 想像できない……」

「まあ、今はそんなことしないようかなり善処しているからね。でも、たまにはあるんだ……、ミスしてお客さんやキルシーを怒らせたり、店長を困らせちゃうこともさ」

「だから、俺を連れ出してくれたんですか……?」

「まあね……。僕は世話を焼くことは好きなんだけど……、お節介だったらごめんね」

「いえ……、お気遣いありがとうございます」

涼は立ち上がろうとする。

「急に立ったら危ないから、ゆっくりにしな」

ドーリッシュは笑って言う。

「すっかり冷めちゃってるけど、店長の賄い、一緒に食べようか」

ドーリッシュは笑顔で涼に声をかけ、涼の分の小包を手渡した。

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