第33話 幼馴染

キルシェはどう声をかけようと悩む。

「涼は幼馴染です……、良く知っているので、紹介はいりません」

「そういう関係だったのね……」

キルシェは苦笑いする。


その間に、トールが着替えを始めていた。

「店長、戻りました」

「あ、おかえりー」

トールがひっそりと話すのは、周りを気遣って声が欠けづらかったからである。


「梨那、いつからここで働いてるの?」

「先週から……」

「そっか、梨那も先輩だね」

「ええ。そうだけど」

梨那は落ち着いた声で言う。


ドーリッシュが裏口から入り、制服を着た。

「仕事が終わったら、煙草買いに行かないと……」

「禁煙したら? 買いに行く手間も省けて健康的になって、一挙両得よ」

キルシェは笑って言う。

「えー、僕の楽しみを奪う気かい?」

ドーリッシュは不満そうに言う。


「さあ、そろそろみんな用意してね」

ジーンの声に、それぞれが分かれて行動を始める。


トールは涼と野菜の下ごしらえをする。

ドーリッシュはフロアのモップ掛け、アンネロッテとキルシェはメニューを置き、梨那はテーブルを拭いて回る。


「ねぇ、今日梨那の機嫌はあまり良くないように思うんだけど……」

トールはこっそりと涼に言う。

「え? そうかな……?」

涼は不思議そうに言う。

梨那は元々、あまり話さない……、どちらかというとおとなしい人物である。

学校などでも、みんなと明るくわいわい騒ぐよりも、ひっそりと読書をしているようなタイプである。


「俺は幼馴染なんだけど、梨那はちょっと不愛想なところがあるからさ。むしろ、俺から見たらちょっと機嫌がいい方だよ、あれは」

「そ、そうなんだ……」

トールは意外そうに言う。


そういえば、と思い出すことがあった。

梨那には、恐らくあの話をしていない。


「ねえ、涼」

「ん?」

涼は後ろを振り返る。

「一つ聞いていいかしら?」

「良いけど……、梨那が俺を気にして話しかけるって珍しいな……」

「ちょっと気になったことがあれば話しかけるわよ」

梨那は不満そうに言う。


「仕事終わりに話そうよ」

「……わかったわ」

梨那はそれだけ言うと、ふきんを洗って干す。


珍しいことがあるものだ……。

涼はそう思って苦笑いした。

「涼くん、梨那ちゃんと親しいの?」

「まあ、幼馴染の同級生だから。それなり、かな」

涼は笑って答える。


「おーい、そろそろ開けるぞー」

ドーリッシュは店内に聞こえるよう、少し大きめの声で宣言を入れる。

「良いよ! さあ、みんな、今日もよろしく」

スタッフ全員が返事をする。


そして、ドーリッシュがドアを開ける。

「いらっしゃいませ!」

ドーリッシュが率先して仕切る。

「キルシー、3番テーブル頼む。オーダーまだだから」

「了解!」

「アンネ、1番テーブルに料理よろしく」

「はい!」

「梨那、2番テーブルに案内よろしく」

「分かりました」

Sternen zeltの夜営業は始まったばかりだ。

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